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恥じざる伴奏者ジェラルド・ムーア

今日、3月13日は歌曲伴奏と伴奏者の認識を高めることに多大な貢献をした英国のピアニスト、ジェラルド・ムーア(Gerald Moore:1899年7月30日Watford, Hertfordshire−1987年3月13日Penn, Buckinghamshire)の命日である。亡くなった数日後に新聞の訃報を読んだ時のショックを未だに覚えている。

私がクラシック音楽に目覚めるきっかけになったのが、中学1年の時に音楽の授業で聴いたシューベルトの「魔王」だったのだが、「魔王」聴きたさにはじめて購入したカセットテープでF=ディースカウと共演していたのがジェラルド・ムーアであった。そのテープの解説書には歌手のことは書かれていてもピアニストについては一言も触れられておらず、それ以来この激しい三連符を魅力的に弾いているピアニストに関する情報をさがし続け、あるLP解説書で、すでに引退している80歳を超えた人であることを知った。彼は伴奏者としての半生を"Am I too loud?"(邦訳は「お耳ざわりですか」)という書物に纏め、そこには名前がレコードやコンサートのポスターに掲載されなかったり、舞台でも花瓶で姿を隠されたりした苦い時代から、伴奏者として一流の地位を築くまでがユーモアと特有のシニカルな表現で記されていた。彼は一般的に歌曲のピアニストとして知られ、実際歌曲の膨大な録音があるが、同時に器楽曲の録音や演奏も少なからずおこなってきた。それらへの反応は歌曲での高評価に比べると概して辛口なものが多く、ほかの楽器よりもバランス的に控えめすぎる場合もないわけではないが、実際じっくり聴いてみると、対立よりは協調を目指すこのピアニストの特徴が生きる作品も多い。特に私が気に入っているのが、早逝したチェリスト、ジャクリーン・デュ・プレとのフォーレの「エレジー」である。これはムーアの70歳を記念して録音されたものだが、デュ・プレが哀切なメロディーを奏でている時、ムーアのピアノも存分に哀しみを打ち出しながらチェロの響きを包み込むような一体感を感じさせ、曲の姿を誠実に伝えてくれているようで、心を揺り動かされてしまう。ここでのムーアの音色が包容力を感じさせながら悲痛な音楽を奏でているところに一層胸に迫るものがある。

ムーアがステージからの引退を表明して、その記念演奏会を1967年2月20日にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで催した時、企画したウォルター・レッグはムーアのお気に入りの歌手、エリーザベト・シュヴァルツコプフ、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウをこのコンサートの為に呼び寄せた。そこでの演奏は幸い録音され、独唱、二重唱、三重唱の数々を聴くことが出来るが、その中のハイドンの三重唱曲「ダフネのたったひとつの欠点(Daphnens einziger Fehler)」は、3人の歌手によるムーアへのサプライズとなった。容姿や立ち居振舞いを褒め称えながら、「ダフネがあと愛することを知っていてくれたら!」という落ちで締めくくるこの曲が、「ジェラルドのたったひとつの欠点」と化した替え歌では「おお、ジェラルドが弾き続けてくれさえしたら!(O wollte Gerald nur weiterspielen!)」と歌われた。ピアノを弾きながら、この自分へのオマージュを聞いて彼はどう思っただろうか。このコンサートのアンコールでムーアは自ら編曲したシューベルトの「音楽に(An die Musik)」を一人だけで演奏して締めくくった。前奏も省き、たった1節の演奏でありながら、ムーアの演奏は歌声部も伴奏パートも「歌」に満ち溢れていた。この1曲にムーアの演奏のエッセンスがつまっている。

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←ジェラルド・ムーアのフェアウェル・コンサートのパンフレット。実況録音LPの付録。

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コメント

はじめまして。ジェラルド・ムーアファンの方のブログを発見して嬉しく思います。15年ほど前にフィッシャー=ディースカウとのシューベルト歌曲集を聴いて、ムーアの演奏に関心を持ち『お耳ざわりですか』『伴奏者の発言』を読み、外国語に暗いのに輸入盤19枚組「シューベルト歌曲大全集」も購入しました。当時は引退コンサートのCDが見つからず残念に思っていましたが、諦めているうちに再発売されていたのですね。先月、輸入盤2枚組と、昨年出た国内版を入手して感無量です。シューベルト「音楽に寄す」「独りずまい」が愛聴曲なので嬉しいです。デュ・プレのチェロとの共演もおっしゃるとおり素敵でした。繰り返し聴きたいと思います。

投稿: 野々宮 | 2010年6月 5日 (土曜日) 01時33分

野々宮さん、はじめまして。
私の方こそ、ジェラルド・ムーアのファンの方からコメントをいただけて、うれしいです。
「シューベルト歌曲大全集」の録音は、円熟期のムーアのあらたな進化が感じられて私も大好きです。この録音当時、すでにステージでの活動を引退していたので、録音のための準備はたっぷり行われたのではないかと思います。そういう余裕も感じられる素晴らしい演奏でした。
ムーアの引退コンサートはどれもが宝物のような輝きを発していますが、アンコールの「音楽に寄せて」は何度聴いても胸に迫ってきます。ディースカウとの「独りずまい」も素敵でした。
これからもお互いにムーアの録音を聴き続けていきましょう。

投稿: フランツ | 2010年6月 5日 (土曜日) 03時40分

初めまして。10年も前に書かれた本ブログを拝読して喜んでおります。書棚の奥にあるムーアの2冊の著作を見つけ、読み始めたら止まらなくなってしまいました。
私もLP時代の「シューベルト歌曲大全集」、そして中学時代に引退コンサートをFMで聴き、このような貴重な音楽家の存在に衝撃を受けた者です。アンサンブルピアニストの先駆者として、かけがえのない人です。

しかしこのネット時代、往年の名演奏家の記述は減り、知らないという人が増えてしまったことが残念でなりません。
かろうじてYoutubeに公開された、あの知的ユーモアに溢れるスピーチ、1950年代のいくつかのリートを耳にすることが出来てホッとしましたが、CDなどが絶版になり、少し寂しい思いをしております。

投稿: リート好きまつかぜ | 2018年2月13日 (火曜日) 19時45分

リート好きまつかぜさん、はじめまして!
コメントを有難うございます。
喜んでいただけて嬉しいです!

ムーアはおっしゃるようにアンサンブルピアニストの先駆けですね。さらに先輩にクンラート・v. ボスやミヒャエル・ラウハイゼンなどもいて、彼らの功績も大きかったとはいえ、一般の人たちに歌曲のピアノパートの重要性を身をもって示したという意味でやはりムーアの存在はとてつもなく大きかったと思います。

ムーアの本は独特のユーモアがあって面白いですよね。私も折に触れて、部分的に読み返したりしています。文才があったことも彼の活動にプラスに働いたのではないかなと思います。

ムーアを始め、往年の名演奏家たちが徐々に忘れられていくのは寂しいものですね。膨大な録音のお陰でその名が消えることはないとしても、若い人たちに彼らの良さを伝えていく一助になれたらいいなとも思います。
CDも(配信も含めて)常時入手出来る状態にしてくれると嬉しいですね。

投稿: フランツ | 2018年2月14日 (水曜日) 03時18分

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