若かりしジェラール・スゼー
フランスの名バリトン、ジェラール・スゼー(Gérard Souzay:1918年12月8日 Angers−2004年8月17日 Antibes)が85歳で亡くなってからもう1年半が経とうとしている。月日の流れは無情にも亡き人を忘却の彼方に追いやろうとする。しかし、昨年末頃に発売された"THE ART OF GÉRARD SOUZAY"というアメリカのレーベルVAIのDVDは、この不世出の歌手の映像を多面的に集めて、30代から40代の「ビロードの声」を甦らせてくれた。私個人の思い出を振り返っても、1980年代にただ一度だけ実演に接したのみで、彼の歌う姿を目にする機会が殆どなかったので、このカナダのテレビ放送用映像でメフィストーフェレスの真っ黒な扮装をしたり、伊達男ドン・ジョヴァンニの衣装でマンドリン片手に「窓辺においで」を歌ったりするのを見ることが出来るのはとても貴重である。貴公子然としたノーブルな雰囲気がこの歌手の持ち味だったことを強く印象付けられたが、だからこそ目を見開いて歌う悪魔メフィストーフェレスのインパクトは余計に強く感じられた。往年の名ソプラノ、ロッテ・レーマンならずとも「スゼーを聴くためなら世界中どこに出かけるのもいとわない」という気持ちにさせられたファンも多かったのではないか。りりしく舞台映えのする容姿と甘美な声は当時の聴衆を惹き付けてやまなかったであろうことは、この映像を見ただけで容易に想像できる。収録時間は53分なのであっと言う間だが、スゼーの広いレパートリーを概観できる選曲になっている。「月の光に」は「ドドドレミーレードミレレド」の誰でも聞いたことのある曲だが、リュリの作曲ということになっている。ここでは第1節のみ無伴奏でさらりと歌われている。最後の2曲はピアノ共演だが、ボールドウィンはここでは写らず、スゼーのバックに子供たちや自然の風景が映し出されて牧歌的な素朴な雰囲気が演出されていた。特に「バイレロ」では川をはさんだ若い男女の対話が音響的な効果も交えて表情豊かに歌われている。若きボールドウィンの演奏は後年よりも腕の動きが大きいが、そのゆきとどいたタッチのコントロールはすでに非凡さを示している。
(1)1955年2月3日録画:Orchestre de Radio-Canada; Roland Leduc(C)
リュリ/歌劇「アルチェステ」〜Il faut passer(仏)
ドビュッシー/「フランソワ・ヴィヨンの3つのバラード」〜2)ヴィヨンが聖母に祈るために母の願いにより作ったバラード(仏)
ラヴェル/歌曲集「ドゥルシネア姫に思いを寄せるドン・キホーテ」全3曲(ロマネスクな歌/叙事的な歌/乾杯の歌)(仏)
(2)1966年3月3日録画:Dalton Baldwin(P); Orchestre de Radio-Canada; Jean Beaudet(C)
リュリ伝/月の光に(仏)(ア・カペッラ)
ラモー/歌劇「優雅なインドの国々」〜輝く太陽(仏)(オケ)
モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」〜窓辺においで(伊)(オケ)
シューベルト/野ばらD. 257;さすらい人の夜の歌D. 768(独)(ピアノ)
ベルリオーズ/「ファウストの劫罰」Op. 24〜Une puce gentille; Voici des roses; Devant la maison(仏)(オケ)
グノー/おいで芝生は緑(仏)(ピアノ)
デュパルク/悲しい歌(仏)(ピアノ)
フォレ/歌曲集「ある日の詩」Op. 21〜2)いつの日も(仏)(ピアノ)
グルック/歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」〜われエウリディーチェを失えり(仏)(オケ)
民謡/五月の最初の日(仏)(ピアノ)
カントルーブ/民謡集「オヴェルニュの歌、第1集」〜バイレロ(オヴェルニュ地方方言)(ピアノ)
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