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F=ディースカウの2種類のヴォルフ全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)というリート界の大巨人はベートーヴェンからシューベルト、シューマン、ブラームス、リスト、ヴォルフ、R.シュトラウスなど多くの作曲家の歌曲全集を録音して、その活動の幅広さにはただただ頭が下がる思いですが、上に挙げた中ではシューマン、リスト以外は全集か全集に準ずるまとまった録音を2回もしています。EMIに対抗したDGの商策と言ってしまえばそれまでですが、世紀の大歌手の名演奏を2種類ずつ聴くことの出来る幸せをレコード会社に素直に感謝すべきでしょう。

ところでF=ディースカウはシュヴァルツコプフと共にヴォルフ(Hugo Wolf : 1860-1903)の歌曲の伝道師といってもいいぐらい精力的に歌ってきましたが、彼のメリハリのきいた明晰な語りはヴォルフとの奇跡的な相性の良さを感じさせられます。彼には有名なDGへのヴォルフ歌曲全集があります。ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim)と共演した3巻から成るセットは大絶賛され、ヴォルフのベストレコードとして未だに不動の評価を得ています。もちろん私もこの全集の価値の高さについては全く異論がないのですが、F=ディースカウ40代後半から50代前半にかけての声は時にやや曲との距離を感じることがあります。もう少し若い頃の声で楽しみたいといった時に幸いEMIの全集があります。こちらはジェラルド・ムーア(Gerald Moore)との共演で、メーリケ、ゲーテ、アイヒェンドルフ、スペイン、イタリア、ミケランジェロ歌曲集などの男声用歌曲をほぼ網羅した1回目の全集です。EMIレーベルへの録音はDGとは違い、それぞれの歌曲集が個別にLPで発売されたようです。20代前半から40歳までの艶々した張りのある声はそれだけでも魅力的です。解釈もすでに完成されつつあり、DGの録音と比べてもその魅力は全く遜色ないと思うのですが、DGの録音があまりにも有名な為か、EMIの録音は2年ぐらい前にCDでまとめて復活するまで忘れ去られたに等しい状態でした。幸い、今輸入盤ですがこのEMIの魅力的な録音を7枚組のCDで聴くことが出来ます(F=ディースカウが歌手引退後に指揮者としてヴォルフの管弦楽曲を振った録音も加えられています)。ここで気付くのが、両者のレパートリーの違いです。例えば「ゲーテ歌曲集」のハーテムとズライカの相聞歌はムーア盤には全くありませんでしたが、バレンボイム盤でハーテムの歌が録音されて聴くことが出来るようになりました。「メーリケ歌曲集」では「エオリアン・ハープに」「風の歌」はバレンボイム盤のみの録音です。これらの曲は旧版の録音時には彼向きではないと判断されたのかもしれません。一方興味深いのが「ゲーテ歌曲集」の中の5つの酒の歌(「酌童の巻」より)がムーア盤では全曲歌われているのに対し、バレンボイム盤では4番目の「酔っ払ったからといって」(Sie haben wegen der Trunkenheit)だけ録音されていないことです。これは5曲中一番地味な存在ではありますが、女声用の曲というわけではもちろんなく、作品の出来も録音に値しないほど劣っているというわけでもないと思うので、これは単なる録音のし忘れではないだろうかと推測されるのですがどうでしょうか(演奏技術的な理由はもちろんあり得ないです)。シュライアーやトマス・アレンなども5曲まとめて録音していることからも、バレンボイム盤での4曲目の省略は長いこと私の中では謎のままです。2種類の全集を比較するとこんなことにも気付かされて、レパートリーの選択の変遷を追ってみるのも興味深いのではないでしょうかというのが今日の話の結論でした。

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