« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

皆様、良い年を!

ココログを始めて早くも2ヶ月が過ぎました。調べたことのメモ代わりのような意味合いもあるので、読んでくださっている方には退屈な内容も多いかと思いますが、温かいコメントを寄せてくださった方々や読んでくださった方々に心からお礼申し上げます。今年の投稿はこれで終わりで、来年に引き続き思いつくままに投稿を続けていきたいと思います。

皆様、どうぞ良い年をお迎えください!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

シューベルト:マイアホーファー歌曲

ゲーテに次いでシューベルトが多くテキストに選んだ詩人はマイアホーファー(Johann Mayrhofer:1797年11月3日-1836年2月5日)である。この詩人の歌曲は私も好きな曲が多いが、特に「ウルフルーの魚釣り」「舟人」「ドナウにて」「夜曲」「花大根」「ヘリオポリスⅡ」「溶解」は気に入っている。

D124 湖畔にて(Am See "Sitz' ich im Gras")(全2稿) 1814年

D297 ひとみの歌(Augenlied)(全2稿) 1817年?

D298 リアーネ(Liane) 1815年

D360 双子座の星に寄せる船乗りの歌(Lied eines Schiffers an die Dioskuren) 1816年

D450 アイスキュロスからの断章(Fragment aus dem Aeschylus)(全2稿)(マイアホーファー独訳) 1816年

D473 歌の終わり(Liedesend)(全2稿) 1816年

D475 別れ(「巡礼の歌」による)(Abschied)(nach einer Wallfahrtsarie bearbeitet) 1816年

D476 帰路(Rückweg) 1816年

D477 古き愛は朽ちず(Alte Liebe rostet nie) 1816年

D490 羊飼い(Der Hirt) 1816年

D491 秘密(Geheimnis "Sag an, wer lehrt dich Lieder") 1816年

D492 ポンスに(Zum Punsche) 1816年

D495 お妃の夕べの歌(Abendlied der Fürstin) 1816年

D516 憧れ(Sehnsucht "Der Lerche wolkennahe Lieder") 1816年?

D524 アルプスの狩人(Der Alpenjäger)(全3稿) 1817年

D525 ウルフルーの魚釣り(Wie Ulfru fischt)(全2稿) 1817年

D526 冥府への旅(Fahrt zum Hades) 1817年

D527 子守歌(Schlaflied "Es mahnt der Wald")(全2稿) 1817年

D536 舟人(Der Schiffer "Im Winde, im Sturme")(全2稿) 1817年

D539 流れのほとりにて(Am Strome) 1817年

D540 フィロクテート(Philoktet) 1817年

D541 メムノン(Memnon) 1817年

D542 アンティゴネとオイディプス(Antigone und Oedip) 1817年

D548 タウリスのオレステス(Orest auf Tauris) 1817年

D553 ドナウにて(Auf der Donau) 1817年

D554 ウラニアの逃走(Uraniens Flucht) 1817年

D561 雷雨のあと(Nach einem Gewitter) 1817年

D573 イフィゲネイア(Iphigenia) 1817年

D585 アテュス(Atys) 1817年

D586 エルラフ湖(Erlafsee) 1817年

D620 孤独(Einsamkeit) 1818年

D654 友に(An die Freunde) 1819年

D669 風に(Beim Winde) 1819年

D670 星の夜(Die Sternennächte) 1819年

D671 慰め(Trost) 1819年

D672 夜曲(Nachtstück)(全2稿) 1819年

D682 あらゆる魔力を超えた愛(Über allen Zauber Liebe)(断片) 1820年頃

D699 浄められしオレステス(Der entsühnte Orest) 1820年

D700 自ら沈み行く(Freiwilliges Versinken) 1820年

D707 怒れるディアナに(Der zürnenden Diana)(全2稿) 1820年

D752 花大根(Nachtviolen) 1822年

D753 ヘリオポリスⅠ(HeliopolisⅠ "Im kalten, rauhen Norden") 1822年

D754 ヘリオポリスⅡ(HeliopolisⅡ "Fels auf Felsen hingewälzet") 1822年

D805 勝利(Der Sieg) 1824年

D806 夕星(Abendstern) 1824年

D807 溶解(Auflösung) 1824年

D808 ゴンドラの舟人(Gondelfahrer) 1824年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シューベルト:ゲーテ歌曲

シューベルトの600曲もの歌曲のうち最も多くの曲が付けられた詩人は文豪ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe:1749-1832)である。ゲーテ自身はシューベルトによる自作への作曲を理解できなかったが、シューベルトはゲーテに対して変わらぬ敬意を抱きつづけた。ミニョンの歌う歌としてベートーヴェンからシューマン、ヴォルフ、チャイコフスキーまで多くの作曲家の意欲をかきたてた「ただ憧れを知る者だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt)」のテキストにシューベルトは独唱曲だけでも4回曲を付けている。最後に作られたD877-4のメランコリックで美しい作品が最もよく知られているが、マンディチェフスキーによると、D877のミニョン歌曲群の中ですでに重唱曲としてこの詩に作曲されていたものの、重唱と独唱の混在を嫌がり、急遽「静かな国へD403」の音楽を借りて独唱用の差し替え用作品が作られたという(村田千尋著「シューベルト」(音楽之友社)参照)。

以下のゲーテ歌曲のリストのタイトル表記、作曲年はニューグローヴ世界音楽大事典(講談社)による。なお、「ズライカ(Suleika)Ⅰ、Ⅱ」はもともとマリアネ・フォン・ヴィレマーの作なので、以下のリストから外してある。

D118 糸を紡ぐグレートヒェン(Gretchen am Spinnrade) 1814年

D119 夜の歌(Nachtgesang) 1814年

D120 涙の慰め(Trost in Tränen) 1814年

D121 羊飼いの嘆きの歌(Schäfers Klagelied)(全2稿) 1814年

D123 憧れ(Sehnsucht "Was zieht mir das Herz so?") 1814年

D126 ゲーテの「ファウスト」の1場面(Szene aus Goethes Faust)(全2稿) 1814年

D138 憩いなき愛(Rastlose Liebe)(全2稿) 1815年

D142 霊の挨拶(Geistes-Gruss)(全6稿) 1815/1816年(第6稿は1828年?)

D149 歌びと(Der Sänger)(全2稿) 1815年

D160 流れのほとりにて(Am Flusse) 1815年

D161 ミニョンに(An Mignon)(全2稿) 1815年

D162 恋人のそばに(Nähe des Geliebten)(全2稿) 1815年

D210 愛(クレールヒェンの歌)(Die Liebe)(Klärchens Lied) 1815年

D215 狩人の夕べの歌(Jägers Abendlied) 1815年

D215A 海の静けさ(Meeres Stille) 1815年

D216 海の静けさ(Meeres Stille) 1815年

D224 さすらい人の夜の歌(Wandrers Nachtlied "Der du von dem Himmel bist") 1815年

D225 漁師(Der Fischer)(全2稿) 1815年

D226 最初の喪失(Erster Verlust) 1815年

D234 宴会の歌(Tischlied) 1815年

D247 糸を紡ぐ女(Die Spinnerin) 1815年

D254 神とバヤデーレ(Der Gott und die Bajadere) 1815年

D255 ねずみ取り(Der Rattenfänger) 1815年

D256 宝掘り(Der Schatzgräber) 1815年

D257 野薔薇(Heidenröslein) 1815年

D258 連帯の歌(Bundeslied) 1815年

D259 月に寄す(An den Mond) 1815年

D260 悲しみの喜び(Wonne der Wehmut) 1815年

D261 愛の神々を買うのはだれか(Wer kauft Liebesgötter?) 1815年

D295 希望(Hoffnung)(全2稿) 1816年頃

D296 月に寄す(An den Mond) 1816年頃

D310 憧れ(Sehnsucht "Nur wer die Sehnsucht kennt")(全2稿) 1815年

D321 ミニョン(Mignon "Kennst du das Land") 1815年

D325 たて琴弾き(Harfenspieler "Wer sich der Einsamkeit ergibt") 1815年

D328 魔王(Erlkönig)(全4稿) 1815年

D359 憧れ(Sehnsucht "Nur wer die Sehnsucht kennt") 1816年

D367 トゥーレの王(Der König in Thule) 1816年

D368 狩人の夕べの歌(Jägers Abendlied) 1816年

D369 馭者クロノスに(An Schwager Kronos) 1816年

D469 ミニョン(Mignon "So lasst mich scheinen")(2断片) 1816年

D478 たて琴弾きⅠ(HarfenspielerⅠ "Wer sich der Einsamkeit ergibt")(全2稿) 1816年、1822年

D479 たて琴弾きⅡ(HarfenspielerⅡ "An die Türen will ich schleichen")(全2稿) 1816年、1822年

D480 たて琴弾きⅢ(HarfenspielerⅢ "Wer nie sein Brot mit Tränen ass")(全3稿) 1816年、1822年(第3稿)

D481 憧れ(Sehnsucht "Nur wer die Sehnsucht kennt") 1816年

D484 水の上に歌える精霊の歌(Gesang der Geister über den Wassern)(断片) 1816年

D543 湖上にて(Auf dem See)(全2稿) 1817年

D544 ガニュメート(Ganymed) 1817年

D549 マホメットの歌(Mahomets Gesang)(断片) 1817年

D558 さまざまな姿の恋人(Liebhaber in allen Gestalten) 1817年

D559 スイスの歌(Schweizerlied) 1817年

D560 金細工師(Der Goldschmiedsgesell) 1817年

D564 牢の中のグレートヒェン(グレートヒェンの嘆願)(Gretchen im Zwinger)(Gretchens Bitte)(断片) 1817年

D673 恋する女の手紙(Die Liebende schreibt) 1819年

D674 プロメテウス(Prometheus) 1819年

D715 耽溺(Versunken) 1821年

D716 人間の限界(Grenzen der Menschheit) 1821年

D719 秘め事(Geheimes) 1821年

D721 マホメットの歌(Mahomets Gesang)(断片) 1821年

D726 ミニョン(Mignon "Heiss mich nicht reden") 1821年

D727 ミニョン(Mignon "So lasst mich scheinen") 1821年

D728 ヨハンナ・ゼーブス(Johanna Sebus)(断片) 1821年

D764 ムーサの子(Der Musensohn)(全2稿) 1822年

D765 去って行った人に(An die Entfernte) 1822年

D767 逢う瀬と別れ(Willkommen und Abschied)(全2稿) 1822年

D768 さすらい人の夜の歌(Wandrers Nachtlied "Über allen Gipfeln ist Ruh") 1824年まで

D877-2 ミニョンの歌(Lied der Mignon "Heiss mich nicht reden") 1826年

D877-3 ミニョンの歌(Lied der Mignon "So lasst mich scheinen") 1826年

D877-4 ミニョンの歌(Lied der Mignon "Nur wer die Sehnsucht kennt") 1826年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シューベルト歌曲全集

シューベルトの歌曲全集として現在完結しているのは

1)F=ディースカウ&ムーアの男声用歌曲全集(1966年12月~1972年3月録音:DG)

2)グレイアム・ジョンソンのピアノ・監修によるテーマ別歌曲全集(1987年2月~1999年9月録音:Hyperion)

の2種類ですが、廉価盤として知られているNAXOSレーベルがシューベルト歌曲全集を進行中で、2006年中の完結を目指しているとのことです。最新盤は第19集ですが、2枚組の巻もあるので、Hyperion盤の37巻より少ない巻で完結するはずです。このNAXOS盤全集は詩人別にまとめられているので、同じ詩人の生涯にわたる作品を一気に聴くことが出来るという利点があります。

これからシューベルトの歌曲を数回にわたって詩人ごとにまとめてみたいと思います。リスト化することによって見えてくることもあると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メーリケ「新年に」(Zum neuen Jahr)

新年を目前に控えてメーリケの詩をもう一篇

新年に

なんともひっそりと

天使がそっと

ばら色の足を

大地に踏み入れる、

すると朝が近寄ってくるのだ。

新年に歓呼せよ、敬虔な者たちよ、

敬い、歓迎いたします、

敬い、歓迎いたしますと!

心よ、ともに歓呼するのだ!

新年が始まりますように、

天の蒼穹で

月や太陽を

動かし給う神のもとで!

汝、父君よ、お教えください!

導き、向きを変えてください!

主よ、汝の両の手に

はじめから終わりまでが、

あらゆるものがあらんことを!

ヴォルフの歌曲集「メーリケの詩」の27曲目に置かれている。3度音程の神聖なピアノの響きの上で晴れやかに歌われる。

なお、これまでの三篇は私が訳してみたが、専門家による詩的な表現を楽しまれたい方には森氏のメーリケ訳詩集がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メーリケ「祈り」(Gebet)

昨日に続き、もう一篇メーリケの詩をご紹介します。神の采配に対する絶対的な帰依と中庸を重んじる訴えは、現代人の見失った何かを思い起こさせてくれると思います。

祈り

主よ、お与えください、お望みのままに、

優しさでも苦しみでもかまいません。

私は満足です、どちらでも

あなたの御手から注がれるものでしたら。

ただ喜びでも

悲しみでも

ありあまるほどは下さいませんように!

ほどほどさにあるのです、

ふさわしい御授与というのは。

ヴォルフが1888年3月13日にこの詩に作曲していますが、静謐で厳かな歌や天から降り注ぐかのようなピアノ後奏は心を清らかな気持ちにさせてくれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Fröhliche Weihnachten!!!

クリスマスに因んでメーリケ(Eduard Mörike:1804-1875)からの贈り物を一篇

眠る御子イエス

処女マリアの息子、天の寵児よ!地上の

苦悩の木の上で眠り込んでいる、

その木は敬虔な画伯が、意味をこめて

御身の軽やかな夢に描き加えたものだ。

花である御身よ、まだ夢うつつの蕾の中に

父なる栄光を包み隠しておられる!

ああ誰が知ることが出来よう、どのような姿が

この額、この黒き

まつげの裏に、穏やかに移り行きながら写し出されようとは!

←ヴォルフ(Hugo Wolf)によるこの詩への付曲(Peter Pears & Benjamin Brittenの演奏)

Fröhliche Weihnachten!!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

器楽曲での歌曲ピアニスト Deutsch & Hokanson

ヘルムート・ドイチュ(Helmut Deutsch:1945年生まれ)が故ゲルハルト・ヘッツェル(Gerhart Hetzel:1940-1992)と共演したブラームスのヴィオリン・ソナタ全集のCDを先日某CD店のワゴンの中に見つけて購入した。このCD、いつか買おうと思っているうちにいつのまにか店頭から姿を消したまま久しかったのだが、中古店でもないのにこんな形で再会するとは思っていなかった。ヘッツェルは登山中の事故で1992年7月に亡くなってしまったウィーン・フィルのコンサートマスターだった人で、おそらくその前年ぐらいだったと思うがイングリト・ヘブラーとウィーン・フィルの数人とのモーツァルトやベートーヴェンの室内楽を聴きに行き、驚くほどつやのある、よく歌い朗々と響き渡る流麗な音にすっかり感動してしまったことがある。

ドイチュは言うまでもなく現代最高の共演ピアニストの一人で、ご夫人の鮫島有美子とのデュオをはじめとして、故ヘルマン・プライやオーラフ・ベーア、ペーター・シュライアー、バーバラ・ボニーなど大歌手たちから引っ張りだこの名人である。室内楽の分野でも活躍しているが、やはり歌手たちとの共演が多いのではないか。そんな彼の楽器奏者との共演をはじめて聴いたのがFMで流れていた若手ヴァイオリニストとのライヴ(フランクのソナタを弾いていたのを覚えている)で、それ以降はもっぱら歌手との多くの共演を聴くのみだったのだが、こうして今回ヘッツェルとのヴァイオリンソナタの共演を聴くことが出来た。この人の演奏は歌曲を弾く時もそうなのだが、音がまろやかである。どんなにフォルテを要求されていても決して荒くなったり、とげとげしくなることがない。音は硬質(「まろやか」という言葉と矛盾するかもしれないが、私には「まろやか」かつ「硬質」に聴こえるのである)で外よりは内側に向かっていく感じだ。ペダルのデリケートな使用による美しいレガートも彼の美点の一つだろう。よく「丁丁発止」という形容がデュオの誉め言葉として使われるが、ドイチュの演奏は楽器奏者とやりあう箇所でも丁丁発止というのとは違うアンサンブルとしての最上のバランスを生み出しているように思う。彼の素晴らしい著書「伴奏の芸術」を読めば明らかなとおり、彼は作曲家の意図に忠実な再現者である。外面的な効果狙いや自己流の変形をせず、あくまで作品を最大限に生かすことを目指しているように思う。ヘッツェルとのブラームスでも、第1番の有名な「雨の歌」の主題による第3楽章の存在感のある弱音を駆使したメランコリックな表現、第2番第1楽章でのメロディーの美しい歌わせ方、第3番第4楽章でのヘッツェルと絶妙のバランスを保ちながらの情熱的な演奏など、このピアニストのブラームスへの誠実な献身ぶりがとても気持ちのよい印象をもたせてくれた。

同じくプライとの共演で著名な、シュナーベル門下のレナード・ホカンソン(Leonard Hokanson:1931年生まれ)の録音したブラームスの晩年のピアノ小品集は、歌曲演奏で賛否両論の癖の強いアゴーギクがプラスに働いて、ブラームスの深くほの暗い迷路を重みのある音で大切に弾き進める。個性的な演奏だが、ブラームスに対する愛情のにじみでた、なんとも憎めない演奏である。

ほかにもジェラルド・ムーアによるバルトーク「子供のために」やフォレの「エレジー」(デュ・プレとの共演)、ジェフリー・パーソンズによるリストの技巧的な連弾曲なども印象深い。決して多くの注目をあびることはないが、忘れられない演奏を今後もとりあげていきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アーメリングの初出音源

アーメリング(Elly Ameling)の新譜が久しぶりに出た。新譜といってももちろん新録音ではなく、過去のライヴの初出音源である。アーメリングはBBCシリーズではブリテンのシリーズの中の2枚がすでにリリースされていて、特にマーラーの「子供の魔法の角笛」からの2曲のみずみずしく清冽な歌声に魅了されたものだが、今回はBBC LEGENDSシリーズの1枚として、アルト歌手のジャネット・ベイカー(Janet Baker)と共にフィーチャーされて「マタイ受難曲(Matthäus Passion, BWV 244)」からのレチタティーヴォとアリアを歌っている(BBCL 4168-2)。

このCD、当初は今年の春頃にリリースが予告されていたものの、IMGとBBCとの交渉がなかなか進まず、予定が何度も延期され、今年中のリリースは半ば諦めていたところ、11月28日にとうとうリリースにこぎつけたという経緯をたどっている。待たされただけあって、店頭で入手した時の喜びもひとしおだった。

アーメリングとベイカーのほかは、指揮者がポール・スタイニッツ(Paul Steinitz)、オケがスタイニッツ・バッハ・プレイヤー、そして合唱はロンドン・バッハ・ソサイエティーとワンズワース小学校少年合唱団による演奏である(最後から2曲目の短いレチタティーヴォでわずかに聴ける男声陣はニール・ジェンキンズとジョン・バロウ)。

ここで聴ける曲は以下の通り。

5曲「汝、尊びまつる救い主のきみよ」(ベイカー)/6曲「悔いの悲しみは」(ベイカー)/8曲「血を流せ、わが心よ!」(アーメリング)/12曲「よしやわが心は涙のまにまに漂い」(アーメリング)/13曲「われは汝に心を捧げん」(アーメリング)/27曲a・b「かくてわがイエスはいまや捕われたり~稲妻よ、雷よ、雲間に隠れしか?」(アーメリング、ベイカー、合唱)/30曲「ああ、いまやわがイエスは連れさられぬ!」(ベイカー、合唱)/39曲「憐れみたまえ、わが神よ」(ベイカー)/48曲「彼は我ら総ての者の為に善き事をなせり」(アーメリング)/49曲「愛よりしてわが救い主は死にたまわんとす」(アーメリング)/51曲「神よ、憐れみたまえ!」(ベイカー)/52曲「わが頬の涙」(ベイカー)/59曲「ああ、ゴルゴタよ」(ベイカー)/60曲「見よ、イエスはわれらを」(ベイカー、合唱)/67曲「いまや主は憩いの床に安置されぬ」(アーメリング、ベイカー、ジェンキンズ、バロウ、合唱)/68曲「われら涙流しひざまずき」(合唱) ※タイトル訳は杉山好氏による。

録音は1972年3月18日、The Priory Church of St. Bartholomew the Great, West Smithfield, Londonと記されている。アーメリング初来日公演の2週間後ということになる(来日公演最終日が3月4日だった)。

アーメリングの声は好調で、豊かに響く美声をバッハの音楽のために献身的に使っている。「可憐な」という形容詞一言で片付けられることも少なくなかった当時の彼女だが、明るい人がふと見せる沈んだ表情にぐっと胸をしめつけられるのに似た、低声歌手とは違った感じの陰影を存分に表現して、悲しみを聴き手にいつのまにか染み込ませる。トラック3の"Blute nur"(第8曲)はユダに裏切られるキリストの悲しみを歌ったアリアだが、優勝したセルトーヘンボスのコンクールでも歌っている、彼女にとって縁の深い曲でもある。ここで彼女はくりかえしの箇所で装飾を加えているのが興味深い(ミュンヒンガーとの1964年のスタジオ録音ではこのような装飾はなかった)。丁寧に慈しむように紡ぎ出される歌は強く聴く者に訴えかけてくる。

この大作でしかし本当に感動的な曲が多いのはアルトのアリアかもしれない。ベイカーの温かい声と表現はアーメリングの特質とよく溶け合って相性の良さを印象つけられる。どの曲の演奏も感動的だが、特にトラック8の"Erbarme dich, mein Gott"は下降するピチカートの弦と共にベイカーの真っ直ぐな歌いぶりが心にまっすぐ突き刺さる。

スタイニッツという人はイギリスではじめてこの受難曲をドイツ語で完全上演したことで名高い人らしい。鋭利さとは正反対のぬくもりのある表現は2人の女声歌手の特質とよく合っていた。

Ameling_baker_bach_bbc_cd

| | コメント (1) | トラックバック (0)

カルロ・カーリー&井上圭子/デュオコンサート(2005年12月14日 川口リリア・音楽ホール)

歌曲の話題ではありませんが、14日(水)に川口リリア・音楽ホールでカルロ・カーリー(Carlo Curley)&井上圭子・オルガン・デュオコンサートを聴きました。

友人から誘われて急遽行くことになったコンサートですが、オルガンは本当に久しぶりで、エンターテイナー、カーリーと、感じのよい解説も加えてくれた井上さんによる多彩なプログラムを楽しむことが出来ました。

プログラムは次の通りです。

アーチャー編/ロンドンデリーの歌(カーリー)  バッハ;カーリー編/シンフォニア、ニ長調(BWV29より)(カーリー)  バッハ/トッカータ、アダージョとフーガ、ハ長調BWV564(カーリー)  ベートーヴェン/音楽時計のためのアダージョWoO.33-1(デュオ)  シューマン/カノン風練習曲Op.56-3(井上)  シューマン/スケッチOp.58-3(井上)  スーザ;シュノー編/星条旗よ永遠なれ(デュオ)

<休憩>

リスト/「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」による変奏曲(井上)  ボイス/序奏とトランペット・ヴォランタリー、ニ長調(カーリー)  デュプレ/前奏曲とフーガ、ト短調(カーリー)  バッハ;マイアー編/フルートとチェンバロのためのソナタBWV1031~シチリアーノ、ト短調(デュオ)  リンドブラッド/アメリカのテーマによるトッカータ(カーリー)

アンコール:マクダウェル/2本の野生のばら(カーリー)

お二人とも名前は知っていたのですが、録音も実演も未聴で、川口のこのホールでオルガンを聴くのもはじめてだったので期待して出かけました。さすがにキャリアの長いカルロ・カーリーさんは芸達者で、井上さんの2人分ぐらいのがっしりした体格で愛嬌のある仕草と解説が本当に楽しく、アメリカ人らしいエンターテイナーぶりを発揮していました。井上さんは後ろ姿でも手の動きがはっきりと見えるのに対して、カーリーさんは大きな背中が手を完全に隠してしまい、足のペダルさばきしか見ることは出来ませんでした。

前半は耳に馴染みのある「ロンドンデリーの歌」のカーリーさんの演奏ではじまり、続いてバッハ2曲が演奏されました。「シンフォニア」でのいかにもカンタータのはじまりらしい華やかで、細かい音の動きがきっちりとリズミカルに演奏され、続く「トッカータ、アダージョとフーガ」では演奏前にフーガの主題をカーリーさんが弾きながら説明を加えて、気楽なレクチャーコンサートの趣がありました。演奏は陽気なアメリカ人がこの時ばかりはドイツ人に早変わりしたかのような見事な構築感が、この最もオルガンと相性のいい作曲家の作品をさらに魅力あふれるものにしていました。それにしてもバッハのオルガン曲は私にとっては他のどの作曲家にも増してオルガンである必然性を強く感じさせられます。続くベートーヴェンの珍しい「アダージョ」でこの日最初のデュオ演奏を聴かせてくれました。「エリーゼのために」を聴く時に感じるのと同様のベートーヴェンの優しい一面がクローズアップされた作品でした。時計らしい規則的に刻まれるリズムが心地よく響きました。その後、井上さんが「カーリーさんの男性的なバッハの作品に続いて女性らしいロマンティックな世界を演奏します」というようなことを話されて、シューマンの2曲が演奏されました。「カノン風練習曲」は短い曲でしたが、「スケッチ」はシューマンらしい豊かなファンタジーの世界が展開されていて、オルガンとシューマンという新鮮な組み合わせを満喫しました。井上さんの演奏もシューマンのロマンティックな世界を彩りあふれる音色で聴かせてくれました。前半最後は再びお二人の演奏でスーザの有名な「星条旗よ永遠なれ」のオルガン編曲版でしたが、デュオでは常に高音部の華のある方を井上さんに担当させて、楽しそうに伴奏のリズムを刻むカーリーさんの表情がとても温かく感じられました。

後半最初は井上さんのソロで、15分ほどの長大なリストの曲でした。最初に下降するモティーフを弾いて、解説を加えられた後にこの大曲を見事な技巧と集中力で演奏されました。リストらしい高度なテクニックも難なく弾かれ、プログラム前半の明るい曲が続いた後だけに、深く沈んだ雰囲気がいいアクセントになっていました。その後、カーリーさんのソロが2曲、ユーモラスな解説を加えながら(一節をカーリーさんが楽しそうに歌っていました)演奏されましたが、特にデュプレの「前奏曲とフーガ」はふわふわとした細かい動きが不思議な雰囲気を醸し出して、とても面白い曲でした。その後、有名なバッハの「シチリアーノ」がデュオで弾かれ、最後はカーリーさんのソロで、彼の友人というスウェーデンの作曲家、リンドブラッド(Lindblad)の「アメリカのテーマによるトッカータ」で、「ウェストサイドストーリー」の誰でも知っているテーマによって華やかに締めくくられました。アンコールはカーリーさんのソロで可憐な印象の1曲が弾かれ、お開きとなりました。前半だけで1時間かかるボリュームたっぷりのプログラムで、すでに終演時間も9時10分ぐらいになっていたので、井上さんのアンコールの時間が残念ながらなかったのでしょう。

Curley_inoue_20051214_chirashi

普通のオルガンコンサートでなかなか聴けない珍しい曲がたっぷり聴けて、お2人の雰囲気もとても温かく、「いいコンサートだった」と素直に思える一夜でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

三宅春恵逝去

ソプラノ歌手、三宅春恵さんが12月9日老衰のため亡くなったそうだ。1918年3月13日東京生まれというから享年87歳である。「二期会」の創始者としてわが国の声楽界に多大なる貢献をした方だが、残念ながらその生の声に接する機会をもつことは出来なかった。1998年には80歳記念リサイタルを開いたというから生涯現役を貫いたと言えるかもしれない。

歌曲歌手としてよく知られていた人だが、彼女はジェラルド・ムーアのおそらく唯一の来日時に共演している。その時の演奏プログラムを記して、彼女のご冥福を祈りたい。

1965年11月9日(火)東京文化会館小ホール:三宅春恵(S)ジェラルド・ムーア(P):モンテヴェルディ/私を死なせて  カッチーニ/アマリッリ  グルック/ああ、私のやさしい情熱が  ヘンデル/言ってください、残酷な恋人よ  シューマン/歌曲集「女の愛と人生」  石井歓/イフムケ;貝殻節;お月さまいくつ  團伊玖磨/ひぐらし;藤の花;美濃びとに;はる  ブラームス/あなたの青い目;もうお前の許には行くまい;永遠の愛について  R.シュトラウス/夜;わが思いのすべて;解き放たれて

| | コメント (0) | トラックバック (0)

F=ディースカウの2種類のヴォルフ全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)というリート界の大巨人はベートーヴェンからシューベルト、シューマン、ブラームス、リスト、ヴォルフ、R.シュトラウスなど多くの作曲家の歌曲全集を録音して、その活動の幅広さにはただただ頭が下がる思いですが、上に挙げた中ではシューマン、リスト以外は全集か全集に準ずるまとまった録音を2回もしています。EMIに対抗したDGの商策と言ってしまえばそれまでですが、世紀の大歌手の名演奏を2種類ずつ聴くことの出来る幸せをレコード会社に素直に感謝すべきでしょう。

ところでF=ディースカウはシュヴァルツコプフと共にヴォルフ(Hugo Wolf : 1860-1903)の歌曲の伝道師といってもいいぐらい精力的に歌ってきましたが、彼のメリハリのきいた明晰な語りはヴォルフとの奇跡的な相性の良さを感じさせられます。彼には有名なDGへのヴォルフ歌曲全集があります。ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim)と共演した3巻から成るセットは大絶賛され、ヴォルフのベストレコードとして未だに不動の評価を得ています。もちろん私もこの全集の価値の高さについては全く異論がないのですが、F=ディースカウ40代後半から50代前半にかけての声は時にやや曲との距離を感じることがあります。もう少し若い頃の声で楽しみたいといった時に幸いEMIの全集があります。こちらはジェラルド・ムーア(Gerald Moore)との共演で、メーリケ、ゲーテ、アイヒェンドルフ、スペイン、イタリア、ミケランジェロ歌曲集などの男声用歌曲をほぼ網羅した1回目の全集です。EMIレーベルへの録音はDGとは違い、それぞれの歌曲集が個別にLPで発売されたようです。20代前半から40歳までの艶々した張りのある声はそれだけでも魅力的です。解釈もすでに完成されつつあり、DGの録音と比べてもその魅力は全く遜色ないと思うのですが、DGの録音があまりにも有名な為か、EMIの録音は2年ぐらい前にCDでまとめて復活するまで忘れ去られたに等しい状態でした。幸い、今輸入盤ですがこのEMIの魅力的な録音を7枚組のCDで聴くことが出来ます(F=ディースカウが歌手引退後に指揮者としてヴォルフの管弦楽曲を振った録音も加えられています)。ここで気付くのが、両者のレパートリーの違いです。例えば「ゲーテ歌曲集」のハーテムとズライカの相聞歌はムーア盤には全くありませんでしたが、バレンボイム盤でハーテムの歌が録音されて聴くことが出来るようになりました。「メーリケ歌曲集」では「エオリアン・ハープに」「風の歌」はバレンボイム盤のみの録音です。これらの曲は旧版の録音時には彼向きではないと判断されたのかもしれません。一方興味深いのが「ゲーテ歌曲集」の中の5つの酒の歌(「酌童の巻」より)がムーア盤では全曲歌われているのに対し、バレンボイム盤では4番目の「酔っ払ったからといって」(Sie haben wegen der Trunkenheit)だけ録音されていないことです。これは5曲中一番地味な存在ではありますが、女声用の曲というわけではもちろんなく、作品の出来も録音に値しないほど劣っているというわけでもないと思うので、これは単なる録音のし忘れではないだろうかと推測されるのですがどうでしょうか(演奏技術的な理由はもちろんあり得ないです)。シュライアーやトマス・アレンなども5曲まとめて録音していることからも、バレンボイム盤での4曲目の省略は長いこと私の中では謎のままです。2種類の全集を比較するとこんなことにも気付かされて、レパートリーの選択の変遷を追ってみるのも興味深いのではないでしょうかというのが今日の話の結論でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

"The Artistry of Elly Ameling"

アーメリングの録音の中で彼女の全活動を概観できるCDをご紹介します。

彼女の70歳を記念して、2003年にPHILIPSから5枚組のボックスで出た"The Artistry of Elly Ameling"というCDで、彼女のDECCA、PHILIPSへの過去の膨大な録音から宗教曲、オペラ、ドイツ、フランス歌曲、そしてガーシュウィンなどのポピュラー・ソング集がおさめられています。簡単に各CDの収録曲を記すと以下のようになります。

CD1

バッハ/「マタイ受難曲」より、「ヨハネ受難曲」より、「クリスマス・オラトリオ」より
ヴィヴァルディ/「勝利のユディータ」より
ヘンデル/「むごき暴君、愛の神」
ヘンデル/「メサイア」より

CD2

ハイドン/「天地創造」より、歌劇「騎士オルランド」より、歌曲(7曲)
モーツァルト/「どうしてあなたが忘れられましょうK.505」、歌劇「フィガロの結婚」より、「あわれ、ここはいずこK.369」、「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よK.165」

CD3

シューベルト/歌曲(18曲)
シューマン/歌曲集「女の愛と人生Op.42」

CD4

ブラームス/歌曲集(11曲)
ヴォルフ/「メーリケ歌曲集」より(20曲)

CD5

フォレ、ドビュッシー、アーン、サティ/歌曲(6曲)
ガーシュウィン、コール・ポーター、エリントンなどのポピュラー・ソング集(アメリカ・スタンダードの他、「枯葉」「イパネマの娘」なども含む)

以上共演はJ.デームス、D.ボールドウィン、R.ヤンセン、L.ファン・ダイク、K.ミュンヒンガー、R.レッパード、N.マリナーなど。

CD1、2の宗教曲、オペラ・アリアやCD5のフランス歌曲、ポピュラー・ソングなどもアーメリングのレパートリーの多彩さを心ゆくまで堪能できる好チョイスなのですが、ここで注目したいのはCD3、4のドイツ歌曲集です。

CD3のシューベルトは彼女の39歳から51歳までの歌唱が選ばれており、十八番の「至福D.433」をはじめ、「シルヴィアにD.891」「君よ知るや南の国D.321」「野ばらD.257」「若い尼僧D.828」「糸を紡ぐグレートヒェンD.118」「アヴェ・マリアD.839」「音楽にD.547」「ミューズの息子D.764」「ますD.550」「水の上で歌うD.774」といった有名曲が網羅されていて、シューベルト初心者にも楽しめる内容になっています。私はあまり知られてはいない「愛の歌D.429」(ブラームスの同じ詩による作品は有名)でのアーメリングの優しい語りかけにうっとりとしてしまいます。シューマンの歌曲集「女の愛と人生」(一般には「~生涯」という呼び方で知られていますが、我が師に「人生」の方が詩の内容的にいいのではと指摘されて納得してしまいました)でのアーメリングは丁寧に主人公の心の移り変わりをなぞっていくタイプの歌唱で、静かな想いの中に込められるドラマがいつのまにか心に染み込んできます。

私がこのボックスで最もうれしかったのはCD4のブラームス、ヴォルフの初CD化でした。ブラームスは1977年録音のLPからA面全曲とB面の「わがまどろみはますます浅くなり」が選ばれており、全曲でないのが残念ですが、長く市場から消えていた名演奏の復活を心から歓迎したいと思います。アーメリングのような高音歌手はブラームスの重厚さと一見合わなそうに思われがちですが、その爽やかな表現がいかにブラームスの曲に新しい風を吹き込んでいるかを実感できると思います。「甲斐なきセレナード」の茶目っ気、「子守歌」の温かみに満ちた優しさはいかにもアーメリングらしさが全開ですが、「アグネス」「悲しむ娘」の悲痛な表現も低声歌手には出せない切ない情感が感じられておすすめです。ヴォルフの「メーリケ歌曲集」は1970年の若い声が魅力ですが、とかく難解なイメージの強いこの作曲家の1曲1曲が彼女の親密な語りかけでどれほど魅力を増しているかは、お聴きになるとただちに実感されるのではないでしょうか。冒頭に置かれた「妖精の歌」「ムメル湖の精霊」「水の精ビンゼフース」などのメールヒェンの世界だけで彼女の巧みな術に引き込まれてしまいます。「エオリアン・ハープに(An eine Äolsharfe)」はその美しい響きが印象的な素晴らしい作品で、ヴォルフに馴染みのない方にもぜひ聴いていただきたいと思います。

付属解説書の表紙裏に掲載されたアムステルダムでの引退コンサートで拍手に応えるアーメリング(横にいるのはヤンセン)の満足げな表情は、この歌手が最後までやり遂げた達成感を感じさせてくれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アーメリングのバイオグラフィー(5)

1971年にオランダのユリアーネ女王よりオラーニエ・ナッサウ騎士位(Orde van Oranje Nassau)を受勲し、翌年の女王の結婚式ではバッハの結婚カンタータBWV 202の御前演奏をした。

また、以下の4つの名誉学位も授与されている。

 The University of British Columbia in Vancouver, Canada (1981)
 Westminster Choir College at Princeton, New Jersey, USA (1985)
 The Cleveland Institute of Music, USA (1986)
 The Shenandoa University in Washington DC, USA (1988)

現在は後進の指導に世界中を駆け回っている(日本にも毎年のように訪れ、今年も10月に来日し、デームスと共に京都や東京で指導にあたったようだ)。

伝記は"Elly Ameling, vocaal avontuur"(Janny de Jong著)(De Gooise Uitgeverij, Bussem:1978年)が出ており、オランダ語だが幼少の頃の珍しい写真なども含まれた貴重な資料になっている。

アーメリングの特徴でまず気付くのがその透明な美声だが、それだけではなく、作品に対する深い探究心に由来するであろう説得力のある解釈の見事さ(テンポ設定の妥当さ、奇を衒わない作品への献身ぶり)、そしてそれを実現するだけの高度なテクニックと発音の明快さ、多くの言語に精通していることによるレパートリーの広範さ、そして聴く者の心に優しく触れるその特有の温かみが挙げられるだろう。彼女の歌はほんの2、3分の歌に生き生きとした情感を盛り込み、聴き手に充足感を与えてくれるのである。

(バイオグラフィー完)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アーメリングのバイオグラフィー(4)

日本公演は以下の通り。

1)1972年2月26日~3月4日:日比谷公会堂で唯一のリサイタル(小林道夫のピアノ:ドビュッシー、ルセル、カプレ、シューベルト)、オール・バッハ・コンサートを5公演(ヘルムート・ヴィンシャーマン指揮ドイツ・バッハ・ゾリステン)

2)1975年12月2日~15日:2種類のリサイタルを6公演(ドルトン・ボールドウィンのピアノ)

3)1978年3月14日~25日:2種類のリサイタルを5公演(ボールドウィンのピアノ)

4)1980年11月30日~12月16日:2種類のリサイタルを6公演(ボールドウィンのピアノ)、東京交響楽団第266回定期演奏会が1公演(秋山和慶指揮:ラヴェルとモーツァルト)

5)1983年4月4日~20日:トゥルーズ国立室内管弦楽団とのバッハ・コンサートを3公演、リサイタルを5公演(ボールドウィンのピアノ)

6)1985年11月19日~29日:3種類のリサイタルを6公演(ルドルフ・ヤンセンのピアノ。佐藤豊彦のリュート)

7)1987年11月25日~12月10日:3種類のリサイタルを7公演(ヤンセンのピアノ)

8)1989年10月31日~11月14日:2種類のリサイタルを7公演(ヤンセンのピアノ)

9)1992年8月20日~28日:アジア・ユース・オーケストラのコンサートを3公演(ルーカス・フォス指揮:マーラー「交響曲第4番」)

10)1992年11月21日~30日:2種類のリサイタルを5公演(ヤンセンのピアノ)

11)1996年4月5日~23日:さよならコンサートを福岡、東京、大阪、仙台で(ボールドウィンのピアノ:オール・シューベルト)

12)1997年5月8日&15日:さよならコンサートのアンコール公演を横浜、熊本で(ボールドウィンのピアノ:シューマン&シューベルト)

※以下、(5)に続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アーメリングのバイオグラフィー(3)

モンテヴェルディ、ハイヘンスからメノッティ、ダッラピッコラまで幅広いレパートリーを持つアーメリングだが、最も得意とした歌曲の分野では数々の名舞台、名録音を残し、ハイドン、モーツァルトからシューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、ヴォルフなどのドイツ歌曲や、フォレ、ドビュッシー、ラヴェル、プランク、サティなどのフランス歌曲、さらにムソルクスキーの歌曲集「子供部屋」や中田喜直の歌曲まで歌っている。

 

オーケストラ歌曲では、ラヴェル「シェエラザード」、ベルリオーズ「夏の夜」、R.シュトラウス「4つの最後の歌」、ベルク「ワイン」「アルテンベルク歌曲集」などを歌っている。

 

1980年代に2枚のポピュラー・ソング・アルバムをリリースして驚きをもって迎えられたが、実はレコード会社の奇抜な企画というわけではなく、すでに1969年にガーシュウィンの「私の彼氏(The Man I Love)」を録音しており、1972年7月にはオランダ・フェスティヴァルでルイ・ファン・デイク(Louis van Dijk)のトリオと共演してコール・ポーターやガーシュウィンなどを歌っているのである。

 

共演者は数多く、指揮者はフェーリクス・ドゥ・ノーブル(Felix de Nobel)、エルネスト・アンセルメ、カール・ミュンヒンガー、クレメンス・ホルトハウス、アルベルト・ケッテラレイ、ヤン・ドゥ・ヴァールト、イシュトヴァン・ケルテス、アントン・ファン・デル・ホルスト(Anthon van der Horst)、レイモンド・レッパード、クルト・ザンダーリング、ベルナルト・ハイティンク、ヴォルフガング・サヴァリシュ、カルロ・マリア・ジュリーニ、ジョン・エリオット・ガーディナー、トマス・シッパーズ、ヨーゼフ・クリップス、ロリン・マゼール、ヴォルフガング・ゲンネンヴァイン、モーシェ・アツモン、エド・ドゥ・ヴァールト、カール・リヒター、ベンジャミン・ブリテン、ポール・スタイニッツ、ヘルムート・ヴィンシャーマン、フィリップ・レッジャー、アントン・ケルシェス、ネヴィル・マリナー、オイゲン・ヨッフム、ラファエル・クーベリック、ヴィットーリオ・ネグリ、ジャン・フルネ、ミッシェル・コルボ、ミヒャエル・ギーレン、ユーリウス・ルーデル、アンドレ・プレヴィン、アンタル・ドラティ、小澤征爾、エーリヒ・ラインスドルフ、フェルディナント・ライトナー、テーオドール・グシュルバウアー、ニコラウス・アルノンクール、ズデニェク・マーツァル、ロバート・ショー、クルト・マズア、ハンス・フォンク、セルジュ・コミッシオーナ、ジェラード・シュウォーツ、ルーカス・フォス、エト・スパンヤールト、ミッシェル・プラッソン、Iskar Aribo、Franz Paul Decker、Herman Strategier、Kurt Thomas、Frederic Waldman、Gerhardt Zimmermannなど、

ピアニストは初期のヘルマン・ウルホルン(Herman Uhlhorn)(1932-1996)、フェーリクス・ドゥ・ノーブル(Felix de Nobel)(1907-1981)や、イェルク・デームス(Jörg Demus)(1928-2019)、ノーマン・シェトラー(Norman Shetler)(1931-)、ドルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)(1931-)、アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)(1939-2018)、トマス・シッパーズ(Thomas Schippers)(1930-1977)、トマス・グラッブ(Thomas Grubb)(1951-2014)、ルイ・ファン・デイク(Louis van Dijk)(1941-)、ルドルフ・ヤンセン(Rudolf Jansen)(1940-)、ロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)(1945-)、小林道夫(Michio Kobayashi)(1933-)、Elyakim Taussig(1944-)、ミケル・エリアセン(Mikael Eliasen)(1944-)、ハンス・スハウマン(Hans Schouwman)(1902-1967)、ハンス・ヘンケマンス(Hans Henkemans)(1913-1995)、ヴィルヘルム・ノイハウス(Wilhelm Neuhaus)、デイヴィッド・シーリグ(David Selig)、それに録音ではジェラルド・ムーア(Gerald Moore)(1899-1987)やグレアム・ジョンソン(Graham Johnson)(1950-)、フランク・マルタン(Frank Martin)(1890-1974)などとも共演している。

 

アーメリングは1995年4月2、9日にニューヨーク(リンカン・センター)、1996年にヨーロッパ各地で引退公演を行い、歌手活動から引退した。最後に地元アムステルダムのコンセルトヘボウで1996年1月29日に行われたさよならコンサートではボールドウィン、ヤンセン、ファン・デイクといった歴代の共演者たちが顔を揃え、盛大に行われたようだ。

 

日本では、1996年4月に紀尾井ホールなど4会場でオール・シューベルト・プログラムによるさよなら公演を行ったが、翌年5月にも再度アンコール公演として来日し、横浜、熊本でシューマン「女の愛と生涯」とシューベルトの歌曲を歌った(ボールドウィンのピアノ)。

 

※以下、(4)に続く

 

--------------

 

(2010年5月1日追記)

 

1996年1月29日アムステルダム・コンセルトヘボウ(Concertgebouw Amsterdam)でのフェアウェル・コンサートの共演者は以下のとおり。

 

ニュー・シンフォニエッタ・アムステルダム(Nieuw Sinfonietta Amsterdam)
エト・スパンヤールト(Ed Spanjaard)(指揮)
ロベルト・ホル(Robert Holl)(バス)
ドルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)(ピアノ)
ルドルフ・ヤンセン(Rudolf Jansen)(ピアノ)
ルイ・ファン・デイク(Louis van Dijk)(ピアノ)
ジャニーヌ・ファン・メファー(Janine van Mever)(ピアノ)
ペペ・ロメロ(Pepe Romero)(ギター)
レオナルド・デ・リージ(Leonardo de Lisi)(テノール)
ミッシェル・ディスパ(Michel Dispa)(チェロ)

 

参考にしたサイトはこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アーメリングのバイオグラフィー(2)

1956年にオランダのセルトーヘンボス声楽コンクール(International Vokalisten Concours in 's-Hertogenbosch)で1位のさらに上の優秀1等賞(Eerste Prijs Cum Laude)を受賞、さらに2年後にはジュネーヴの国際音楽コンクール(Concours International de Musique á Genève)でも優勝した。セルトーヘンボスのコンクールでは、グノーの歌劇「ファウスト」から「宝石の歌」、ドビュッシーの「忘れられた歌」から「それは物憂い恍惚(C'est l'extase langoureuse)」、バッハの「マタイ受難曲」から「Blute nur」を歌った。ジュネーヴのコンクールではピアノ部門の優勝者ポッリーニ(Maurizio Pollini)と並んで撮影された写真が後述の伝記に掲載されている。

すでに地元では1953年から歌っていたが、正式なデビューはアムステルダムで1961年に行われ、さらに1966年にはロンドンで、1968年にはニューヨーク(リンカン・センターLincoln Center)でデビューした。

フランク・マルタンのオラトリオ「降誕の秘蹟(Le Mystére de la Nativité)」のジュネーヴにおける世界初演(1959年:アンセルメ指揮)に参加し、そのライヴ録音もCascavelleから出ている。

初来日は1972年で、ヴィンシャーマン指揮ドイツ・バッハ・ゾリステンとのバッハとのほかに、日比谷公会堂でピアニストの小林道夫とドビュッシー、ルセル、カプレ、シューベルトを歌った。

宗教曲やオーケストラ付き声楽曲、そしてドイツ、フランスを中心にイタリア、スペイン、イギリス、さらに日本の歌曲までもレパートリーに持つ彼女だが、オペラへの出演はかなり限定している。

1973年5月20日からオランダ歌劇場(スヘーフェニンゲンのスィルクステアーターCircustheater, Scheveningen:ミヒャエル・ギーレンMichael Gielen指揮)で、さらに翌年5月23日~26日にワシントン歌劇場(ケネディ・センターKennedy Center:ユーリウス・ルーデルJulius Rudel指揮)でモーツァルトの「イドメネオ(Idomeneo)」のイリア役を歌っているが、その他には若い頃に「魔笛」の第一の童子やマイヤールの「ヴィラールの竜騎兵」、オランダ・テレビやラジオで「蝶々夫人」「ドン・ジョヴァンニ」(ツェルリーナ)やヴェルディの「王国の一日」などを歌っている。

オペラの録音は全曲盤はハイドンの「騎士オルランド」(1976年:ドラティ指揮)があるのみだが、シューベルトの珍しいアリア集やモーツァルトの名作集、さらに18世紀の古典アリア集(ヘンデル、パーセルなど)の録音も残している。

彼女のおそらく最も古い録音は15歳の頃のプライヴェート録音で、彼女自身がピアノを弾きながら歌っているモーツァルトの「クローエに(An Chloe, K. 524)」であろう(ジャケットには誤って「すみれ」と印刷されている)。正規のスタジオ録音の最も初期のソロ・アルバムはイェルク・デームス(Jörg Demus)との1965年録音のシューベルト歌曲集と思われる。

彼女は150枚以上のLP、CDを出しており、主な受賞歴は以下の通り。

 Edison (4x)

 Grand Prix du Disque (3x)

 Preis der Deutsche Schallplattenkritik

 Extra Edison Award in 1995 (for her entire phonographic oeuvre)

上記の通り、1995年4月3日に彼女の全録音に対してエディソン特別賞が授与された。

※以下、(3)に続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アーメリングのバイオグラフィー(1)

アーメリングの経歴を数回に渡って整理してみたいと思います。

エリー・アーメリング(Elly Ameling)は本名をエリサベト・サラ・アーメリング(Elisabeth Sara Ameling)といい、オランダのロッテルダム(Rotterdam)に1933年2月8日に生まれた(これまで1938年説や1934年説があったが、最近のデータによれば1933年が正しいらしい)。

父:Dirk Ameling

母:Aleida Zikking

学校:Conservatory of Music, The Hague

結婚:1964年11月6日 Arnold W. Belder(宝石商)

地元ロッテルダムでヨー・ボレカンプ(Jo Bollekamp:1920年頃-1996年)、スヘーフェニンゲンでヤコバ・ドレスデン・ドント(Jacoba Dresden-Dhont)とセム(サムエル)・ドレスデン(Sem(Samuel) Dresden:1881年4月20日アムステルダム-1957年7月30日ハーグ:オランダの作曲家、音楽教育学者)夫妻、アムステルダムでボディ・ラップ(Bodi Rapp:1900年8月5日生まれのオランダのメゾソプラノ)に師事し、さらにパリに移って往年の名バリトン、ピエール・ベルナック(Pierre Bernac:1899年1月12日-1979年10月17日)のもとでフランス歌曲を学んだ。

※(2)に続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エリー・アーメリングとの出会い

エリー・アーメリング(Elly Ameling : 1933.2.8 -)をはじめて聴いたのは中学生の頃、レコード店(当時はCDが出始めたばかりで圧倒的にレコードの方が多かった)で見つけたシューベルト歌曲集のレコードだった。「夕映えの中で」で始まり、「至福」で終わる16曲の歌はなんともいえずに美しかった。声は透明に澄んでいるのに取り澄ましたところが全くなく、温かく親密な歌いかけが心地よかった。これはアーメリング40歳の時の録音で、声と表現の両面でまさに最盛期といっていい時期のものである。この時以来、私はアーメリングの虜となった。彼女の録音は可能な限り集め、コンサートも1987年以降1997年5月の公演(96年の引退公演のアンコールとして横浜で再度歌ってくれた)まで来日するたびに聴きに行った。若かりし頃の声量や声域と引き換えに得た表現の自在さ、熟した芸の凄みに圧倒されることも少なくなかった。特に津田ホールで聴いた「糸を紡ぐグレートヒェン」のまさに乗り移ったかのような壮絶な想いの表出は、アーメリングの一般的な可憐なイメージを払拭するに足る「凄い」としか言いようのないものだった。彼女の芸術の一つの到達点に立ち会えたような気持ちでいまだに強く記憶に残っている。

これから、このブログでアーメリングのディスコグラフィーを作っていきたいと思っている。系統だったものにするよりもその時々に聴いたレコードやCDについてコメントをつけながら1枚づつ丁寧に記していこうと思っている。途方もない計画だが、私のアーメリングに対する感謝の気持ちをこういう形で表現していきたい。

 ←アーメリング&ボールドウィン「夕映えの中で」(1973年録音)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »