シュライアー/フェアウェル・リサイタル2(2005年11月14日 東京オペラシティ・コンサートホール)
11月14日、とうとう東京で最後のペーター・シュライアーのリサイタルが催された。共演は12日と同じアレクサンダー・シュマルツ。プログラムは「冬の旅」。
シュライアーは若い頃からシューベルトを多く歌い、「美しい水車屋の娘」「白鳥の歌」は1971年2月、3月にオルベルツと録音して、高い評価を受けていたが、「冬の旅」はなかなかレパートリーに加わらず、いつ歌うのかというのが好事家の関心の的だった時期が懐かしく思い出される。「冬の旅」をリヒテルと初録音するのが85年2月のライヴだが、「冬の旅」の初披露はその少し前、日本公演の時ではなかっただろうか。それ以後は来日公演でも数多く歌われ、円熟の歌手が満を持して披露するだけのことはある説得力のある歌に心を奪われた方も多いのではないだろうか。私がシュライアーの「冬の旅」の実演をはじめて聴いたのがいつだったのかはっきりとは思い出せないが(プログラムを探せば出てくるかもしれないが)、どちらかというと「水車屋」が十八番というイメージが強く、「水車屋」をやればそちらに足を運んでいたような気がする(外来歌手があまりにも「冬の旅」ばかり歌うので「冬の旅」を聴くのを意識的に避けていた時期があったのだ)。
14日は東京オペラシティの大ホールがほぼ満席という盛況だった。シュライアーはいつもと変わらない感じで会場に現れ、「冬の旅」の各曲をもはや解釈やら声の美しさやらを超えて、自らが即興で語りかけるかのように歌っていた。普通声楽家は年と共に高音が出にくくなるものだが、シュライアーに限ってはそんなことはなく、見事に高い音も響かせていた。逆にもともと弱かった低声部はやや苦しそうで、例えば1オクターヴ下降する箇所などは無理せずに同じ音程のまま歌ったりしていた。シュライアーの「冬の旅」を聴いていつも思うのは、これほどテンポ設定に不自然さを感じさせることのめったにない歌手なのにどうして第15曲「からす」だけはいつもあれほど速く歌うのだろうということだ。だが楽譜を見れば4分の2拍子で"Etwas langsam(いくぶんゆっくりと)"となっている。むしろ従来の歌手たちのテンポが遅めなだけで、シュライアーのテンポは楽譜に従ったまでなのが分かる。
ピアニストのシュマルツはいろんな意味で「若さ」を感じさせる演奏だった。これまでにないほどくっきりと対旋律を響かせて、歌声部と二重唱のような響きを聴かせたり、シュライアーのテンポの微妙な伸び縮みにぴったりと合わせるところなど、非凡な才能を充分印象付けられた一方、もっと深い響きが出せるはずではと思わされる箇所も少なからずあった。おそらくまだ深さを求める年齢ではないのだろう。「あふれる涙」は一貫して3連符をバロック風の処理(3連符と付点音符のリズムを一致させる)で演奏していたが、こうするとこの曲から舞曲が聴こえてくるのが面白かった。ホルの時のピアニスト、オルトナーの音価をずらした演奏では全く感じなかったことだ。もちろんどちらがいい悪いの問題ではなく、ピアニスト(もしかしたら歌手)の解釈によってどちらもありだと思う。
シュライアーが終曲の締めで「私の歌に合わせてあなたはライアーを奏でてくれるだろうか」とやや盛り上げてから徐々に消えていき、後奏の音が消えてから一体何秒の静寂が会場を支配していたことだろう。その後の割れんばかりの拍手と花束贈呈の後、静かに「さすらい人の夜の歌Ⅱ」が歌われた。普段は冷静さを失わないシュライアーなのに顔は紅潮し、早めのテンポで感情を懸命に抑えながらの絶唱だった。彼の感無量の表情を見て、この偉大なテノール歌手の余力を残したままの幕引きに心からの拍手を送った。
今回は字幕付きで、3階の左側の席からだと演奏者と字幕の両方をそれほど苦労せずに目で追えるので、歌詞の内容を把握しながら演奏者の表情を追える楽しみがあった。ただ、演奏が終わった後で「主催者からの花束の贈呈です」「シュライアーさん、ありがとう!」のような字幕はいらなかったのではないか。
Herr Peter Schreier, vielen Dank!!!
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