スペインの名花
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス-とても長い名前である。しかし、これは彼女の名前に過ぎないという。さらにロペス・ガルシアという苗字が付くらしい。
このスペインの名ソプラノが2005年1月15日に81歳で亡くなったと聞いた時には全く実感がわかなかった。不思議なものだが、彼女の庶民的で温かい笑顔は不滅なもののようにすら思い込んでいた。
ドイツリートもフランスメロディーも本物の歌を聴かせながら、お国もののスペイン歌曲では決して力づくではないのにやはり内に熱い血潮がたぎっているのを感じないわけにはいかない。
彼女の声をはじめて聴いたのは録音ではなくコンサートであった。20年以上前の学生の頃、藤沢でたしか3000円ぐらいで聴けたように記憶しているが、その時のシューマン「メアリー・スチュアート歌曲集」やショパン、ブラームスの歌曲ともちろんスペイン歌曲の花束といったプログラムで、すでに高齢であったにもかかわらず、彼女の声は私には「水をふくんだスポンジ」のようであった。声がいい意味で湿り気を帯びていて、聴いている自分の心にスポンジから水があふれだすようにつやつやしていた。うまい、下手というのを超えた、とにかく幸せにさせてくれる歌だった。
最近EMIから彼女の映像がDVDで発売された。
ムーアとの1957年BBC録画、「プロフィール・イン・ミュージック」と題されたインタビューを交えた有名アリアの数々、フェリックス・サネッティとの1967年ブザンソン・ライヴの3部構成に、ボーナストラックとしてモンポウの歌曲を作曲家自身のピアノで歌った映像(これだけがカラー)が付いている。シュヴァルツコプフもそうだったが彼女もすきっ歯であるのがアップで写るとどうしても目立つ。だがそんなことはお構いなしに歌う表情は常に温かく優しい気品に満ち満ちている。とても素敵な1時間を満喫できるが、例えばムーアとサネッティ両者で歌われているビベスの「イサベラの肖像」では、きりりと引き締まったムーアと、スペイン色全開のサネッティの個性の違いがありながらも、彼女の温かさがどちらの演奏にも幸せをもたらしてくれる。スペインの情熱を全身から放射する歌手たちの中にあって、控えめなこの歌手は紛れも無いスペインの血を滲ませながらも、他の歌手にはない穏やかさ、温かさ、優しさで聴くものを至福の世界に誘ってくれる。
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