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歌曲演奏家の世代交代

先日のペーター・シュライアーの引退コンサートは長いこと歌曲演奏の一つの時代を築いてきた人の最後の舞台に立ち会えた幸せを感じながら、未だその余韻に浸っています。

私が初めて関心を持った演奏家はフィッシャー=ディースカウとジェラルド・ムーアでしたが、その後にシュライアー、プライ、ホッター、シュヴァルツコプフ、アーメリング、マティス、ベイカーなど円熟の境地に達した大物たちの録音や実演に接して、歌曲の伝統の輝きが不滅のように感じていました。でも、とうに現役を引退していたムーアは1987年3月に亡くなり、ルートヴィヒ、ファスベンダー、F=ディースカウ、アーメリングの引退や、オジェー、ポップ、プライ、ホッター、スゼー、ロス・アンヘレス、ヴェルバやパーソンズの逝去など私が十代、二十代の頃に夢中で聴いてきた人たちが続々と過去の伝説と化していくのを寂しい思いをしながら受け入れてきました。

1980年代はF=ディースカウ、プライ、シュライアーの後継者が不在だと嘆かれ、歌曲の伝統もぷっつり途絶えてしまうのではないかと危惧された時期がありましたが、オーラフ・ベーアが現れナイーヴな感性で録音を多数出し始め、堅実な歌いぶりのアンドレアス・シュミットがF=ディースカウの愛弟子としてベーアと比較されたりし出してから、続々と新しい世代のリート演奏家たちが現れ、以前の不毛の時代が遠い過去の話に思えるほどです。女声ならボニー、フォン・オッター、それにわが国の至宝、白井光子なども同時期に盛期を迎えて歌曲の伝統を受け継いできました。ピアニストではヘルムート・ドイチュ、ルドルフ・ヤンセン、コルト・ガルベン、ロジャー・ヴィニョールズ、グレイアム・ジョンソンなどがパーソンズ、ボールドウィン、ゲイジ以降の名伴奏者の伝統をつないできました。

今はさらに新しい世代の歌手、ピアニストたちの花盛りといった感があります。彗星のごとくという言い方をしても言い過ぎではないと思えるイアン・ボストリッジを始め、ゲルネ、ゲンツ、ヘンシェル、ゲアハーヘル、ターフェル、バンゼ、ツィーザク、キルヒシュラーガーやマルコム・マーティノー、ユストゥス・ツァイエン、ウルリヒ・アイゼンローア、ゲロルト・フーバーなど新鮮な人材に不足しません。

一見華やかに見える歌曲演奏の世代交代ですが、F=ディースカウたち、私の親のような世代の人たちを懐かしんでしまうのは自分が年をとったということなのでしょうか。

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シュライアー/フェアウェル・リサイタル2(2005年11月14日 東京オペラシティ・コンサートホール)

11月14日、とうとう東京で最後のペーター・シュライアーのリサイタルが催された。共演は12日と同じアレクサンダー・シュマルツ。プログラムは「冬の旅」。

シュライアーは若い頃からシューベルトを多く歌い、「美しい水車屋の娘」「白鳥の歌」は1971年2月、3月にオルベルツと録音して、高い評価を受けていたが、「冬の旅」はなかなかレパートリーに加わらず、いつ歌うのかというのが好事家の関心の的だった時期が懐かしく思い出される。「冬の旅」をリヒテルと初録音するのが85年2月のライヴだが、「冬の旅」の初披露はその少し前、日本公演の時ではなかっただろうか。それ以後は来日公演でも数多く歌われ、円熟の歌手が満を持して披露するだけのことはある説得力のある歌に心を奪われた方も多いのではないだろうか。私がシュライアーの「冬の旅」の実演をはじめて聴いたのがいつだったのかはっきりとは思い出せないが(プログラムを探せば出てくるかもしれないが)、どちらかというと「水車屋」が十八番というイメージが強く、「水車屋」をやればそちらに足を運んでいたような気がする(外来歌手があまりにも「冬の旅」ばかり歌うので「冬の旅」を聴くのを意識的に避けていた時期があったのだ)。

14日は東京オペラシティの大ホールがほぼ満席という盛況だった。シュライアーはいつもと変わらない感じで会場に現れ、「冬の旅」の各曲をもはや解釈やら声の美しさやらを超えて、自らが即興で語りかけるかのように歌っていた。普通声楽家は年と共に高音が出にくくなるものだが、シュライアーに限ってはそんなことはなく、見事に高い音も響かせていた。逆にもともと弱かった低声部はやや苦しそうで、例えば1オクターヴ下降する箇所などは無理せずに同じ音程のまま歌ったりしていた。シュライアーの「冬の旅」を聴いていつも思うのは、これほどテンポ設定に不自然さを感じさせることのめったにない歌手なのにどうして第15曲「からす」だけはいつもあれほど速く歌うのだろうということだ。だが楽譜を見れば4分の2拍子で"Etwas langsam(いくぶんゆっくりと)"となっている。むしろ従来の歌手たちのテンポが遅めなだけで、シュライアーのテンポは楽譜に従ったまでなのが分かる。

ピアニストのシュマルツはいろんな意味で「若さ」を感じさせる演奏だった。これまでにないほどくっきりと対旋律を響かせて、歌声部と二重唱のような響きを聴かせたり、シュライアーのテンポの微妙な伸び縮みにぴったりと合わせるところなど、非凡な才能を充分印象付けられた一方、もっと深い響きが出せるはずではと思わされる箇所も少なからずあった。おそらくまだ深さを求める年齢ではないのだろう。「あふれる涙」は一貫して3連符をバロック風の処理(3連符と付点音符のリズムを一致させる)で演奏していたが、こうするとこの曲から舞曲が聴こえてくるのが面白かった。ホルの時のピアニスト、オルトナーの音価をずらした演奏では全く感じなかったことだ。もちろんどちらがいい悪いの問題ではなく、ピアニスト(もしかしたら歌手)の解釈によってどちらもありだと思う。

シュライアーが終曲の締めで「私の歌に合わせてあなたはライアーを奏でてくれるだろうか」とやや盛り上げてから徐々に消えていき、後奏の音が消えてから一体何秒の静寂が会場を支配していたことだろう。その後の割れんばかりの拍手と花束贈呈の後、静かに「さすらい人の夜の歌Ⅱ」が歌われた。普段は冷静さを失わないシュライアーなのに顔は紅潮し、早めのテンポで感情を懸命に抑えながらの絶唱だった。彼の感無量の表情を見て、この偉大なテノール歌手の余力を残したままの幕引きに心からの拍手を送った。

今回は字幕付きで、3階の左側の席からだと演奏者と字幕の両方をそれほど苦労せずに目で追えるので、歌詞の内容を把握しながら演奏者の表情を追える楽しみがあった。ただ、演奏が終わった後で「主催者からの花束の贈呈です」「シュライアーさん、ありがとう!」のような字幕はいらなかったのではないか。

Herr Peter Schreier, vielen Dank!!!

 ←シュライアーとシフによるシューベルト三大歌曲集のCD

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シュライアー/フェアウェル・リサイタル1(2005年11月12日 東京オペラシティ・コンサートホール)

1935年7月生まれの70歳を迎えたテノール、ペーター・シュライアー(Peter Schreier)のフェアウェル・リサイタルに今日(日付的には昨日)行ってきました。フィッシャー=ディースカウ、故プライと共にドイツリートの伝達者として大きな仕事を残してきた彼ですが、最後の舞台というのが何だか信じられないような気がします。フィッシャー=ディースカウやプライが50歳を超えた頃から声の衰えをはっきりと露呈していたのに比べると、シュライアーの声のいまだに保たれている艶と崩れのないフレージングはほとんど奇跡的と言ってもいいぐらいに思えます。

今日は初台のオペラシティでのコンサート1日目でしたが、プログラムが実に興味深かったのです。というのはシュライアーに限らずドイツリートの著名な歌い手が来日すると、大抵は「冬の旅」「美しい水車屋の娘」「詩人の恋」といった大きな歌曲集を歌うのが常で、個々の歌曲のセレクションにはなかなか実演で接する機会がないものです。今回は、前半にベートーヴェン、後半にブラームスという、まさに意表を突く選択で、それゆえにとても期待していました。確かにベートーヴェンに関してはシュライアーはオルベルツとの全集を始めとして何度も録音を残しており、十八番であることは間違いないのですが、これまでコンサートで聴くことはなく、さらにブラームスの歌曲となると録音でもペーター・レーゼルとの「マゲローネのロマンス」以外には歌曲集が1枚、それにDGの「ドイツ民謡集」ぐらいしかなく、「マゲローネ」以外をコンサートで聴く機会はこれまでありませんでした。シュライアーの歌うブラームスというのがなんとなく結びつかず、最後のリサイタルであえて彼にとって必ずしも馴染みとはいえないブラームスを選んだことを興味深く感じながら会場に向かいました。

今回のピアニストはアレクサンダー・シュマルツ(Alexander Schmalcz)という人で随分若い印象です。最近はゲルネなどとも共演しているようですが、私は今回始めて彼の演奏を聴きました。フィッシャー=ディースカウにとってのハルトムート・ヘル、あるいはプライにとってのミヒャエル・エンドレスの例を出すまでもなく、高齢の歌手は若いピアニストと組むことによって歌いこんできた作品に新鮮な息吹を吹き込もうとしているかのようです。ベートーヴェンの最初の数曲では緊張していたのか随分固い音で、タッチもあまり魅力を感じなかったのですが、徐々に調子が出てきたのでしょう、作品を大きな起伏を持って再現し、後半のブラームスではブラームス独特の音楽語法をとても魅力的に弾いていました。

プログラムは以下のとおりです。

ベートーヴェン/アデライーデOp.46;五月の歌Op.52-4;新しい愛、新しい生Op.75-2;うずらの鳴き声WoO.129;あきらめWoO.149;思い出WoO.136;きみを愛すWoO.123;歌曲集「はるかな恋人に」Op.98

ブラームス/「49のドイツ民謡集」より~こたえておくれ、美しい羊飼いの娘さん(第1曲)/いいだろうか、美しい娘さん(第2曲)/太陽はもう輝かない(第5曲)/可愛い恋人よ(第12曲)/お姉さん(第15曲)/どうやって戸をくぐるか(第34曲);春の歌Op.85-5;愛の歌Op.71-5;ぼくらはさまよい歩いたOp.96-2;ばんざい!Op.6-4;五月の夜Op.43-2;秋の感情Op.48-7;あこがれOp.49-3

ベートーヴェンの歌曲は最近随分馴染み深いものとなってきましたが、シュライアーを含め前述の3巨匠ともベートーヴェン歌曲全集を録音していることから、歌い手にとって何か惹きつけられるものがあるのではないかと推測されます。旋律が器楽的な発想で作られているのが歌手にとっては新鮮なのでしょうか。シュライアーの声はいまだにみずみずしく、声量こそ往年の輝きはないものの、フレーズの形の崩れのなさ、音程の正確さ、そして各曲への感情の込め方もちょうど良く、さすがに歌いこんできたレパートリーなだけはあります。個々の歌曲と「はるかな恋人に」の間で拍手に答えていましたが、舞台に引っ込むことはなく、すぐに「はるかな恋人に」を歌い始めました。舞台の出入りに余計な労力をかけたくなかったのでしょうか、歌が終わって歩いて袖に引っ込む時には少しだけ年齢を感じさせられました。でも歌の清潔感はいささかも失われておらず、相変わらずスタイリッシュでスマートな解釈で作品のあるがままの魅力を届けてくれる伝道者でした。

休憩後のブラームスは最初にドイツ民謡にブラームスが手を加えたいわば民謡編曲集から数曲、いずれも馴染み深い作品が歌われました。これらはいわば襟を正した緊張感漂うプログラム中のひと息つけるコーナーとでもいえる所で、例えばアーメリングならばこういう曲集を最後に持ってきて温かい気持ちでコンサートを締めるのでしょうが、シュライアーは休憩後の前半にこれらを持ってきて、あくまでも正統的なブラームス・オリジナルの歌曲で締めくくるところが真面目な彼らしいところです。前半の「民謡集」で面白かったのが、以前はあまり感じなかったことですが、テキストの内容に応じて結構身振り手振りを加えていることです。特に「民謡集」最後の「どうやって戸をくぐるか」という親の目を盗んで彼氏を家に入れようとする娘との対話で、「どうやって階段をのぼればいいの」という彼氏に対して「靴を手にもって、壁づたいに」と答える箇所で手で階段を上るこまかい仕草をしたりして、きっとドイツではこういう所で笑いが起こるんだろうなと思いながら、シュライアーの仕草を楽しみました。民謡ですから単純な有節歌曲がほとんどなのですがピアノに工夫がこらされていて、ブラームスの香りがぷんぷん発散されていて、とても魅力的な作品揃いです。変化に富んだピアノパートに対して歌は同じメロディーの繰り返しなのですが、シュライアーの語りの巧みさは相変わらずで、全く単調になりません。これだけ発音がはっきりしているとドイツ語が分かったような気にさせられるほどです。後半の歌曲では例えば「五月の夜」のような有名な作品もシュライアーにかかると清冽な風が吹き抜けるようで、重厚という印象が払拭してしまいます。リサイタル最後の「あこがれ」という曲は私には馴染みのなかった曲なのですが、こういう知られざる曲を最後に持ってくるところは、通りいっぺんの名曲集で満足しない演奏家としての厳しい目をもっている証ではないかという気がします。

アンコールは「セレナード」「野ばら」「ます」「ミューズの息子」といったシューベルトの超有名曲のオンパレードで、お客さんも大喜びで、前奏が弾かれると同時にどよめきが起こっていました。

まだまだ歌えそうなシュライアーですが70歳を期に自ら身をひく潔さを尊重したいと思います。来週は「冬の旅」。きっと万感の思いで心からの歌を届けてくれることと思います。

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ショパンの主題による歌曲/中田喜直作曲

昔から教育テレビでは著名なピアニスト(小さい頃に故井上直幸氏のレッスンを放送していた記憶がある)を講師にしたレッスンのシリーズを放送しているが、これがなかなか面白い。

1回きりのスペシャル番組だったマリア・ジョアン・ピレシュの予想外に辛らつだが熱のこもったレッスンや、モーツァルトの著名なピアノ曲を様々な国籍の生徒に教えていたフィリップ・アントルモンなど熟したピアニストの模範演奏と共に楽しめるレッスンだった。アントルモンは「親指は表情をもって弾くのには不向きだからなるべく使わないように」というのと「体や手首を必要以上に動かすべきではない」といったことを頻繁に口にしていたのが印象に残っているが、今ショパンの曲の講師を務めているのはぐっと若返ったフランスのジャン・マルク・ルイサダである。このちょっと前までは若手というイメージの強かったピアニストの教えぶりがまた興味深い。これまでの多くの年配のピアニストが聞いたら駄目出しをしそうな事を生徒に求めたりするのだ。ルイサダは体全体で弾くようにと求める。時にはおしりを椅子から浮かすように求め、ある時には手をふんわりと浮かすように促す。とかく余計な動きを排除しようとしてきたかつての講師とのあまりの違いぶりに戸惑ってしまうが、世代の違いというよりもピアノのテクニックの変遷を見せてもらっているかのような気持ちになる。

それはそうと、今日の番組で一つ驚いたことがある。私はショパンの曲は好きだが、熱烈なファンというわけではなく、知らず知らずのうちになんとなく聴いて親しんでいたという程度である。まだまだ知らない曲も沢山あるが、今日のレッスン曲の「幻想曲 ヘ短調 作品47」を聴いて驚いた。日本人なら誰でも知っている「雪の降るまちを」のフレーズがそっくりそのまま出てくるのだ。しかも何度も変化しながら繰り返されている。早速ネットで調べてみるとやはり有名な話のようで、私が単に知らなかっただけのようである。真偽のほどは分からないが、作曲者の中田喜直がラジオドラマの空き時間を埋めるために急遽作った歌とのことで、作曲中ショパンのこの曲が流れていたのだとか。古今東西、意図的であるなしを問わず、引用(悪く言えばパクリ)の例は枚挙に暇が無いほどだが、急遽作る必要に迫られて、ショパンの一節を拝借するぐらいは個人的には許せる範囲内のような気がする。大昔にバッハの平均率クラヴィーア曲集の1曲をそのまま伴奏にして作ったグノーの「アヴェ・マリア」に比べればまだ可愛いものではないだろうか。

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生誕*年記念

作曲家でも演奏家でも生誕*周年、あるいは没後*周年などといってきりのいい年を記念年に祭り上げる風潮がある。こういうとなんだかけちをつけているみたいだが、実は大歓迎で、記念の年に普段あまり接することのない曲や録音に出会える喜びは大きい。

生誕250年が間近のモーツァルトなど来年の大騒ぎが今から目に浮かぶようだが、地味ながらリートの演奏家たちも記念年を迎えている。例えば今年70歳のペーター・シュライアー、80歳のフィッシャー=ディースカウ、そして90歳のシュヴァルツコプフといった大家たちである。シュライアー以外は歌手としての活動をやめて久しいが、シュライアーも今週末と来週、東京で引退コンサートを開いて幕を閉じる。一時代を築いてきた巨匠たちが続々と活動に終止符を打つのは寂しい限りだが、時の流れには誰も逆らえない。

でも実演に接することが出来なくなっても過去の数々の録音で全盛期の名唱にいつでも接することが出来るのはうれしい。記念年の今年、フィッシャー=ディースカウは初音源を含む多くのCD、DVDが発売されてわくわくさせてもらった。DVDで出たサヴァリッシュとのリサイタルやエッシェンバッハとの「美しい水車屋の娘」はまだ購入していないが、さらに近日中にTDKからブレンデルとの「冬の旅」のDVDも出るようで、金欠の私には嬉しい悲鳴である。シュライアーはシューマン歌曲集の新録音がそろそろ店頭に出ている頃だろう。他方、シュヴァルツコプフは殆どのリートの録音がすでにCD復刻されているのか、今年特別な動きがないようだ。

同じリート演奏家でもリートのピアニストたちは記念年も殆ど関係がないようで残念だ。せめて名前を挙げて彼らの功績を称えたい。今年60歳なのがヘルムート・ドイチュ(墺)、マーティン・カッツ(米)、ロジャー・ヴィニョールズ(英)など、そして70歳になったのがブルーノ・カニーノ(伊)、コンラート・リヒター(独)などである。いずれも現役バリバリの名手ばかり、まだまだ妙技を楽しませてくれそうだ。

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追悼本田美奈子

J-POPという言葉が生まれるずっと前、80年代に颯爽とへそ出しルックで現れた本田美奈子さんが白血病で亡くなったという。「マリリ~ン」とよく伸びる高音で歌う、アイドルとしてはセクシーな歌手は当時印象的だったものだが、最近はミュージカル歌手としてその実力に磨きをかけ、さらに最近ではクラシックに挑戦して、CDなども出していた。以前、テレビで彼女がミュージカルとクラシックの発声を使い分けて歌う場面を見る機会があり、彼女の可能性の広さと成熟した歌への精進ぶりに頼もしく感じたものだった。私とほぼ同世代ということもあり、とにかく残念でならない。白血病と闘う著名人は少なくないが、生死を分けるものは何なのか、人の運命について考えさせられる。ご冥福を心よりお祈りいたします。

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スペインの名花

ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス-とても長い名前である。しかし、これは彼女の名前に過ぎないという。さらにロペス・ガルシアという苗字が付くらしい。

このスペインの名ソプラノが2005年1月15日に81歳で亡くなったと聞いた時には全く実感がわかなかった。不思議なものだが、彼女の庶民的で温かい笑顔は不滅なもののようにすら思い込んでいた。

ドイツリートもフランスメロディーも本物の歌を聴かせながら、お国もののスペイン歌曲では決して力づくではないのにやはり内に熱い血潮がたぎっているのを感じないわけにはいかない。

彼女の声をはじめて聴いたのは録音ではなくコンサートであった。20年以上前の学生の頃、藤沢でたしか3000円ぐらいで聴けたように記憶しているが、その時のシューマン「メアリー・スチュアート歌曲集」やショパン、ブラームスの歌曲ともちろんスペイン歌曲の花束といったプログラムで、すでに高齢であったにもかかわらず、彼女の声は私には「水をふくんだスポンジ」のようであった。声がいい意味で湿り気を帯びていて、聴いている自分の心にスポンジから水があふれだすようにつやつやしていた。うまい、下手というのを超えた、とにかく幸せにさせてくれる歌だった。

最近EMIから彼女の映像がDVDで発売された。

ムーアとの1957年BBC録画、「プロフィール・イン・ミュージック」と題されたインタビューを交えた有名アリアの数々、フェリックス・サネッティとの1967年ブザンソン・ライヴの3部構成に、ボーナストラックとしてモンポウの歌曲を作曲家自身のピアノで歌った映像(これだけがカラー)が付いている。シュヴァルツコプフもそうだったが彼女もすきっ歯であるのがアップで写るとどうしても目立つ。だがそんなことはお構いなしに歌う表情は常に温かく優しい気品に満ち満ちている。とても素敵な1時間を満喫できるが、例えばムーアとサネッティ両者で歌われているビベスの「イサベラの肖像」では、きりりと引き締まったムーアと、スペイン色全開のサネッティの個性の違いがありながらも、彼女の温かさがどちらの演奏にも幸せをもたらしてくれる。スペインの情熱を全身から放射する歌手たちの中にあって、控えめなこの歌手は紛れも無いスペインの血を滲ませながらも、他の歌手にはない穏やかさ、温かさ、優しさで聴くものを至福の世界に誘ってくれる。

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ホル&オルトナー/「冬の旅」(2005年10月28日 川口リリア・音楽ホール)

10月28日に川口駅前の川口リリア・音楽ホールでロベルト・ホル(Robert Holl)とみどりオルトナーによるシューベルト「冬の旅」を聴いてきました。

この会場で聴くのも初めてならば、ホル、オルトナーともに生で聴くのは初めてなので、とても楽しみにしていました。

ロベルト・ホルは今やバスバリトン界の重鎮的存在ですが、彼の歌声を初めて知ったのは、まだCDが出始めで、学生だった私がFMから歌曲の演奏をエアーチェックして楽しんでいた頃でした。

ホルはオーストリアのシューベルティアーデ音楽祭(当時はホーエネムスで行われていた)やザルツブルク音楽祭などでシューベルトの当時としては珍しい歌曲ばかり集めたコンサートを数多く開き、その多くがFMで放送された為、レコードを買う小遣いも限られていた私は、ホルの歌によって初めて聴くシューベルトの歌曲に多く接することが出来ました。

彼は今や伝説となったハンス・ホッターに師事しており、その影響が強すぎるという批判もあったわけですが、当時の私の印象としては、とにかく徹底して丁寧に粘って歌うので演奏がとても遅く、その為、時に平板な感じも正直拭えませんでした。ただ、選択されるレパートリーが当時の他の人たちとは違ってかなりマニアックだという印象があり、シューベルトのすべての歌曲を聴こうという意欲に燃えていた当時の私にとってはシューベルトの未知の曲を知ることの出来る貴重な歌手だったわけです。

今回、初めて彼の実演に接してまず感じたのが、予想に反してテンポが標準的だったことです。生で聴く彼の声は決して平板などではなく、響きが泉のようにたっぷり湧き出てくる感じで、プライを思わせる朗々としたボリューム(単に声が大きいという次元を超えて)を持っていました。これまた予想に反して、結構アクションが大きくて、全身で歌の世界を伝えようとしているようでした。彼のテンポが標準的だというのはすでに第1曲「おやすみ」から感じられ、弱声でも決して声の響きが薄くならずにS列(つまり前から19列目)の私にも充分すぎるぐらいに響いてきました。以前同郷(オランダ、ロッテルダム)のソプラノ、アーメリングが期待できるリート歌手としてベーアと共にホルの名前を挙げていたのが、実演に接してみて納得出来ました。終曲「ライアー弾き」の最後は豊かに盛り上がったまま終わり、「冬の旅」の青年に希望を託したかの締めでした。若かりし頃から歌い続けるうちに、余計なものを削ぎ落として、今や音楽の核心に迫ろうという気迫に満ちたローベルト・ホルの名唱でした。

共演者のみどりオルトナーは埼玉出身のウィーンで活躍するピアニストだそうで、私は録音でも実演でもこれまで聴いたことがなかったのですが、とても豊かな響きを持った完成されたピアニストでした。第6曲「あふれる涙」なども、単にバロック的な三連符処理をするのではなく、あえてずらすことによって、こらえてもあふれてくる涙を暗示しているように感じられました。ホルと共にピアノで歌いながら、決して独りよがりにならず引き締まったスタイルでアンサンブルの極意を披露してくれたと思います。

今回ホルの歌を生で聴いて、この歌手のたゆまぬ精進ぶりに感嘆させられたのと同時に録音にその魅力が入りきらないタイプの歌手であることを知りました。

そうはいっても普段は録音で彼の演奏を楽しむしかないわけで、聴かれたことのない方はPreiserから数多く出ている録音(「冬の旅」も含む)を聴かれてみてはいかがでしょうか。VANGUARD CLASSICSから出ているブラームス歌曲集(ヤンセンのピアノ)なども声と音楽がよく合った好演でした。

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ブログ開始

みなさん、はじめまして。

歌曲の一愛好家として、日々想うことを綴っていきたいと思います。

ジェラルド・ムーアとエリー・アーメリングが私にとってのお気に入りなのですが、この2人についてはもちろん、他に聴く機会のあった演奏家や歌曲自体について記していきたいと思います。

ブログを使うのは初めてなので、どのような機能が使えるのかまだ手探りの状態ですが、暖かく見守っていただけたら幸いです。

先日、川口でローベルト・ホルとみどりオルトナーによる「冬の旅」を聴き、録音からは感じられなかった声の表情の多彩さに感動したばかりです。

今後ともよろしくお願いいたします。

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