江崎皓介ピアノリサイタル(2021年10月23日 カワイ川口リリアサロン)

江崎皓介ピアノリサイタル/ショパンエチュード全曲

2021年10月23日(土)
開場 14:30/開演 15:00
カワイ川口リリアサロン

江崎皓介(P)

エチュード Op. 10-1~12

(休憩:約15分)

エチュード Op. 25-1~12

(アンコール3曲)→大阪公演が終わった頃に追記します。

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昨日、川口リリアのカワイのサロンに行き、一年ぶりに江崎皓介氏の演奏を聴いてきました。
生演奏は今年はじめてです。
某騒動で凄かった去年でさえ3回もコンサートに行ったのに...。
リモートワークが続きプライベートもだんだん出不精になってしまいました。

江崎さんは今回ショパンのエチュードのみでプログラミングし、前半はOp.10の12曲、そして後半はOp.25の全12曲を披露しました。
久しく感じていなかった音のシャワーを浴びる感覚がよみがえってきました。
エチュードといえど、ハノンやバイエルではなく、やはりショパンの芸術作品なのだと実感しました。
有名な曲があちこちに散りばめられていますが、ニックネームが付いていない曲でも馴染みのある曲が多く、それらが全曲まとめて演奏されると、単独で弾かれる時とは違った色合いを放つのが興味深かったです。
やはり江崎さんの演奏は昨年同様響きが美しかったです。
今回特に感じたのは他の演奏ではあまり強調されないような声部を際立たせることで、新鮮な魅力を感じることが出来たことです。内声もそうですが、バス音を強調するだけで随分雰囲気が変わり、聴いていて惹きこまれる箇所が多数ありました(例えばOp.25-2等)。
私の右側ブロックの一番真ん中よりの席からは手はほとんど見れなかったのですが、その代わりペダリングがよく見えて、細やかなペダルの踏みかえが印象に残っています。
ショパンは繊細な印象が強いですが、ドラマティックに畳みかけるところも魅力的ですね。
特に休憩後のOp.25では江崎さんの演奏が鬼気迫るような、何かが乗り移ったかのようなものが感じられて、12曲からなる物語のページを次々にめくっていくようなわくわくする感覚がありました。
曲が終わって次の曲に進むタイミングも音楽の一部なのだなぁとあらためて感じられた演奏でした。

アンコールは3曲でしたが、ツアーが下関、大阪と続くようですので、曲名はそれが終わった頃に追記しようと思います。
1曲目の超有名なあの曲では右手に多くの装飾を施していて興味深かったです。
何かそういう装飾の代替フレーズが記載された楽譜があるのか、それとも江崎さんが創作した装飾なのか気になり、帰り際にお見送りいただいた時に伺おうかとも思ったのですが、お疲れのところ申し訳ないと思い、一言感想をお伝えしてその場を離れてしまいました。

歌曲ファンの立場から今回ショパンのエチュードを聴いていて感じたことなのですが、ヴォルフは意外とショパンの影響を受けているのではないかと思いました。ヴォルフの歌曲のピアノパートに出てくるような音楽が、ショパンの音楽の中にいくつか感じられました。ヴォルフは若い頃音楽評論家でもあったので、その評論をひもとけば何か出てくるかもしれませんね。

余談ですが、昨今ショパンコンクールの日本人お二人の入賞がメディアでも話題になり、本当におめでたいと思いますが、普段クラシックの報道をほとんどしない一般メディアもこういう時はにわかクラシックファンになるのだなぁとひねくれた見方をしてしまいます。
でも、途中で先に進めなかったピアニストの方も素晴らしい演奏をした方がおられましたし、動画でそれぞれの演奏が聴けるので、お気に入りのピアニストをじっくり探すというのも楽しいですね。

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エリー・アーメリング&ルドルフ・ヤンセン他(Elly Ameling, Rudolf Jansen, & others)フランス放送録音(1985年1月28日)

エリー・アーメリング((Elly Ameling)の1985年の初出音源がアップされていました!!
未知だった音源がどんどん発掘されていくのはファンにとってはたまらなく嬉しいです。
1985年のフランスでの放送音源とのことで、プログラムは、フォレ、ラヴェルのアンサンブル版歌曲集とシューベルトの「岩の上の羊飼い」を含む7曲です。

フォレの歌曲集『優れた歌(La bonne chanson)』は抜粋の7曲ですが、おそらくライヴでは全9曲披露されて、ラジオ番組の時間制約上第1曲、第8曲がカットされたのだろうと推測されます。

演奏形態は、フォレが歌+弦楽四重奏+ピアノ、ラヴェルが歌+フルート2+クラリネット2+弦楽四重奏+ピアノ、シューベルトは「岩の上の羊飼い」のみ歌+クラリネット+ピアノで他は歌+ピアノです。

アーメリングは1985年1月&9月にERATOレーベルにラヴェル歌曲集を録音しているのですが、その時の共演メンバーが今回の音源と同じなので、おそらくスタジオ録音と放送用録音を平行して行ったのではないかと推測されます。

そしてアーメリングの歌声、とても素晴らしかったです!相変わらずきめの細かい感触が彼女の歌から感じられます。言葉一つ一つを大切にしながら、フレーズの大きな流れも意識した至芸!
ピアノ、弦楽四重奏、管楽器とのアンサンブルも美しかったです。

それにしてもアーメリングは「岩の上の羊飼い」が好きだったようで、いろんな音源が発掘されていますね(日本では一度も披露されなかったのが意外です)。

An Elly Ameling Recital (France, 1985)

チャンネル名:kadoguy

フランス放送音源
1985年1月28日

エリー・アーメリング(S)
ルドルフ・ヤンセン(P)
ヴィオッティ四重奏団
フィリップ・ゴティエ(FL)
ジャン=ルイ・ボマディエ(FL)
ロラン・スィモンスィニ(CL)
ジャン=マルク・ヴォルタ(CL)

I. ガブリエル・フォレ:『優れた歌』Op. 61 (抜粋)
2. 曙の色がひろがり 0:00
3. 白い月 2:00
4. ぼくは不実な道を歩いていた 4:26
5. ほんとに、ぼくはこわいくらいだ 6:14
6. おまえがいなくなる前に 8:33
7. さて、それは或る明るい夏の日のことだ 10:56
9. 冬は終わった 13:24

II. モリス・ラヴェル:『3つのステファヌ・マラルメの詩』M. 64
溜息 16:27
叶わぬ望み 20:16
臀部より出でて,ひと跳びで 24:08

III. フランツ・シューベルト:
夕映えの中で, D. 799 26:58
月に寄せて, D. 193 31:12
ひそやかな恋, D. 922 34:30
乙女の嘆き, D. 191 38:30
ここにいたこと, D. 775 42:06
若い尼僧, D. 828 46:04

IV. フランツ・シューベルト: 岩の上の羊飼い, D. 965 50:49

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French radio broadcast
28 January 1985

Elly Ameling(S)
Rudolf Jansen(P)
Quatuor Viotti
(Philippe Goulut, violin; Mark Duprez, violin; Pierre Franck, viola; and Hugh Mackenzie, cello)
Philippe Gautier(FL)
Jean-Louis Beaumadier(FL)
Roland Simoncini(CL)
Jean-Marc Volta(CL)

I. Gabriel Fauré: "La bonne chanson", op. 61 (excerpts)
2. "Puisque l'aube grandit" 0:00
3. "La lune blanche luit dans les bois" 2:00
4. "J'allais par des chemins perfides" 4:26
5. "J'ai presque peur, en vérité" 6:14
6. "Avant que tu ne t'en ailles" 8:33
7. "Donc, ce sera par un clair jour d'été" 10:56
9. "L'hiver a cessé" 13:24

II. Maurice Ravel: "Trois Poèmes de Stéphane Mallarmé", M. 64
"Soupir" 16:27
"Placet futile" 20:16
"Surgi de la croupe et du bond" 24:08

III. Franz Schubert: Six Songs
"Im Abendrot", D. 799 26:58
"An den Mond", D. 193 31:12
"Heimliches Lieben", D. 922 34:30
"Des Mädchens Klage", D. 191 38:30
"Daß sie hier gewesen", D. 775 42:06
"Die junge Nonne", D. 828 46:04

IV. Franz Schubert: "Der Hirt auf dem Felsen", D. 965 50:49

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ベートーヴェン「憧れ(Sehnsucht, WoO. 134)」

Sehnsucht, WoO. 134
 憧れ

1:
Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
Allein und abgetrennt
Von aller Freude
Seh ich an's Firmament
Nach jener Seite.
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!
 ひとりぼっちで
 あらゆる喜びから引き離されて
 私は天空の
 あちら側に目をやります。

2:
Ach, der mich liebt und kennt,
Ist in der Weite.
Es schwindelt mir, es brennt
Mein Eingeweide.
Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
 ああ、私を愛し、知る方は
 遠方にいるのです。
 私は眩暈がして、
 はらわたがちくちく痛みます。
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mignon", written 1785, appears in Wilhelm Meisters Lehrjahre, first published 1795
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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古今東西の作曲家たちの作曲意欲を掻き立てたゲーテの「ただ憧れを知る人だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt)」は、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(Wilhelm Meisters Lehrjahre)』第4部第11章でミニョンと竪琴弾きによって歌われるという設定になっていますが、ベートーヴェンは1808年初頭に3種類、1810年に1種類の計4作ソプラノ独唱用に作曲しました。
いずれも前作の改訂というわけではなく個別の異なる作品として4回作曲されています。第1作のみ1808年に雑誌に掲載されたそうですが、1810年にKunst und Industrie Comptoir.から出た際は、4作まとめて「ピアノ伴奏付きの4つの旋律を伴ったゲーテによる憧れ」(Die Sehnsucht / von / Göthe / mit vier Melodien nebst Clavierbegleitung)として出版されました(楽譜の歌声部の冒頭に"Soprano"と記載されています)。初版は歌声部の音符記号がソプラノ記号(ハ音記号)で記載されていますが、ベートーヴェンの自筆楽譜もソプラノ記号だったので、そのまま初版で生かしたということになります(旧全集ではト音記号に変更されていました)。

同じ年に作られた第1作から第3作まではすべて詩の6行を1節にした2節からなる有節形式で作曲されています。
調は第1,2作がト短調で主人公の苦悩を響かせますが、第3作は変ホ長調で穏やかな曲調です。長調で有節形式だと「眩暈がして、はらわたがちくちく痛みます」の詩句も第三者的に穏やかに過ぎてしまいますが、これはこれで一つの可能性を探ったのでしょう。
拍子は1作から3作まですべて異なり、ベートーヴェンがいろいろな表現を試していたのだと想像されます。

一方2年後に作曲した第4作は調こそ第1,2作のト短調に回帰しているものの、はじめて通作形式を取り入れ、全体で一つの感情の流れを追う形になっているのが新しいところです。
ベートーヴェンは"Allein und abgetrennt"の箇所に細かく8分休符を入れ、"Allein / und ab- / getrennt / von ~"(スラッシュ箇所が8分休符)のように分けて歌うように記していますが、これは"abgetrennt(引き離されて)"という言葉の意味を反映しているのでしょう。
「ああ、私を愛し、知る方は遠方にいるのです。」の箇所で明るい響きになりますが、いとしい人のことを思った時の心情がふっと挿入されているようで空気が変わるのが感じられます。
「眩暈がして、はらわたがちくちく痛みます」でピアノの和音を細かく刻ませてドラマティックな効果を生み出しているところは特筆すべきでしょう(のちのシューベルトの作品(D877-4)はこのベートーヴェン第4作の影響を受けているように思われます)。
最後に"Weiß, was ich leide!"の詩句を繰り返す前に"ja"という言葉を追加しているのは、単に歌の旋律にあてはまる言葉を追加したというだけでなく、ベートーヴェンのこの詩句への思い入れが感じられました。

第1作の「Freude」「Eingeweide」の最後の音節、第4作の「Eingeweide」の最後の音節は、次の音程に向けてポルタメントのように間を音符で埋めています。この手法は私の印象では歌曲ではあまり見られず、オペラアリア的に感じました。ちなみに第2作、第3作は上述の箇所の最後の音節と次の音節が同音程の為、ポルタメントにしようがなかったということは言えると思いますが、もし違う音程だったらポルタメントにしていたのかどうか気になるところです。

なお、ゲーテのこの詩に作曲した複数の作曲家による演奏を以前の記事でまとめていますので、興味のある方はこちらもご覧いただけると幸いです。

【No. 1】
4/4拍子
ト短調 (g-moll)
Andante poco Agitato(旧全集ではAndante poco Adagioと記載されています。誤りか意図的かは不明ですが、新全集の校訂報告を見れば何か掲載されているかもしれません)
2節の有節形式

【No. 2】
6/8拍子
ト短調 (g-moll)
Poco Andante
2節の有節形式

【No. 3】
3/4拍子
変ホ長調 (Es-dur)
Poco Adagio
2節の有節形式

【No. 4】
6/8拍子
ト短調 (g-moll)
Assai Adagio
通作形式

●【第1作】アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

シュトルテの響きの切なさがしっとりと伝わってくる名唱でした。

●【第1作】エリーザベト・ブロイアー(S), ベルナデッテ・バルトス(P)
Elisabeth Breuer(S), Bernadette Bartos(P)

ブロイアーは古楽歌手のような清冽な響きで主人公の心痛を丁寧に表現していました。

●【第2作】アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

同じ音を続けたり徐々に隣り合った音にスライドしていく歌声部の効果なのか、訴えかけてくる印象が強いです。このノスタルジックな曲調とシュトルテの清澄な響きが美しく溶け合っていました。

●【第2作】イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

竪琴弾きの視点からの歌唱ということになるのでしょう。ボストリッジの持ち味ゆえか、ちょっと斜に構えたピリピリした感じが新鮮でした。

●【第3作】アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

第3作の長調の響きはどこか第三者的な印象を受けますが、苦悩を内に隠して平然を装っている風にもとることは出来ると思います。シュトルテはここで優しい表情を聞かせてくれます。

●【第3作】イリス・フェアミリオン(MS), ペーター・シュタム(P)
Iris Vermillion(MS), Peter Stamm(P)

フェアミリオンは主人公の心痛を自ら癒すかのように静かに歌っていました。

●【第4作】アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

8分の6拍子のたゆたうようなリズムに悲痛な心情が込められ、聞き手がすっと感情移入してしまう傑作だと思います。シュトルテの可憐であるがゆえに悲痛な表現がより強く聴き手に迫ってくるように感じました。そしていつもながらオルベルツが見事にドラマを作っていて素晴らしかったです。

●【第4作】バーバラ・ヘンドリックス(S), ルーヴェ・デルヴィンゲル(P)
Barbara Hendricks(S), Love Derwinger(P)

円熟期のヘンドリックスの粘りのある暗めの声質がこの曲の表現にぴったりでした。彼女は後半装飾も加えていました。

(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《憧れ》全4作——ゲーテの同じ詩で異なる歌を4回作曲!(平野昭)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ジェラール・スゼー&ドルトン・ボールドウィン/1961年リサイタル音源(france musique)

Récital de Gérard Souzay et Dalton Baldwin en 1961
https://www.francemusique.fr/emissions/les-tresors-de-france-musique/recital-de-gerard-souzay-et-dalton-baldwin-en-1961-98546

フランスのバリトン、ジェラール・スゼー(Gérard Souzay: 1918-2004)とアメリカのピアニスト、ドルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin: 1931-2019)は歌曲演奏の名コンビとして広く知られていますが、ヘンデル、パーセル、シューベルト、ドビュッシー、ヴィラ=ローボスの作品による音源がfrance musiqueのサイトで公開されていました。

スゼーは言わずと知れたフランス歌曲の名人ですが、実は多言語のレパートリーを持ち、中田喜直の歌曲も以前録音しています(おそらくCD化はされていませんが)。今回の音源の中ではポルトガル語の作品(ヴィラ=ローボス)も歌っています。

ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」もレパートリーだったとは知りませんでした。
パーセルの軽快な歌いぶり、シューベルトの多様性、十八番のドビュッシー(夕暮れに因んだ3曲)など聴きどころ満載でスゼー42歳の絶頂期の美声と表現を堪能できます。それから彼と切り離せない存在のボールドウィンの完璧なまでに一体となった素晴らしい演奏もぜひお聞きください。

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ジェラール・スゼー(BR)
ドルトン・ボールドウィン(P)

1961年5月12日録音

(5:01-)
ヘンデル:オンブラ・マイ・フ(これほどの木陰はなかった)

(9:03-)
パーセル:男は女のために作られていて
パーセル:ニンフと羊飼い
パーセル:バラよりも甘く

(15:28-)
シューベルト:悲しみ D 772
シューベルト:春の思い D 686
シューベルト:春への憧れ D 957-3
(24:40-)
シューベルト:小人 D 771
シューベルト:酒神讃歌 D 801
シューベルト:星 D 939

(36:48-)
ドビュッシー:美しい夕暮れ
ドビュッシー:夕暮れのハーモニー(『5つのボドレールの詩』より)
ドビュッシー:夕暮れ(『叙情的散文』より)

(47:37-)
ヴィラ=ローボス:モジーニャ(『セレスタス』より)
ヴィラ=ローボス:Saudades da Minha Vida (『セレスタス』より)
ヴィラ=ローボス:ノザニ・ナ(『ブラジル風カンサン』より)
ヴィラ=ローボス:天の星は新しい月だ(『ブラジル風カンサン』より)

(55:43-)
R.シュトラウス:明日!

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Gérard Souzay, baryton
Dalton Baldwin, piano

Georg Frederic Haendel:
Serse, HWV 40 - "Ombra mai fu"

Henry Purcell:
The Mock Marriage, Z 605 - "Man is for woman made
The Libertine or The Libertine Destroyed, Z 600 - "Nymphs and Shepherds"
Pausanias The Betrayer of His Country, Z 585 - "Sweeter than roses"

Franz Schubert:
Wehmut, D 772
Frühlingsglaube, D 686
Schwanengesang, D 957 - n°3 - "Frühlingssehnsucht"
Der Zwerg, D 771
Dithyrambe, D 801
Die Sterne, 939

Claude Debussy:
Beau Soir, L 84
5 Poèmes de Charles Baudelaire, L 70 - n°2 - "Harmonie du soir"
Proses Lyriques, L 84 - n°4 - "De soir..."

Heitor Villa-Lobos:
14 Serestas, W 216 - n°5 - "Modinha"
14 Serestas, W 216 - n°4 - "Saudades da Minha Vida"
13 Cancoes Tipicas Brasileiras, W 158 - n°2 - "Nozani Na"
13 Cancoes Tipicas Brasileiras, W 158 - n°5 - "Estrela é lua nova"

Richard Strauss:
Morgen!, Op. 27-4

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ベートーヴェン「恋する女性が別れを望んだとき、あるいはリューディアの不実における感情(Als die Geliebte sich trennen wollte, oder Empfindungen bei Lydiens Untreue, WoO. 132)」

Als die Geliebte sich trennen wollte, oder Empfindungen bei Lydiens Untreue, WoO. 132
 恋する女性が別れを望んだとき、あるいはリューディアの不実における感情

Der Hoffnung letzter Schimmer sinkt dahin,
Sie brach die Schwüre all' mit flücht'gem Sinn;
So schwinde mir zum Trost auch immerdar
Bewußtsein, Bewußtsein, daß ich zu glücklich war!
 希望の最後のともしびが沈み去る、
 彼女は出来心で誓いをみな破った。
 だから慰めのためにも永久に私から消えておくれ、
 あまりに幸せだったという意識よ、意識よ。

Was sprach ich? Nein, von diesen meinen Ketten
Kann kein Entschluß, kann keine Macht mich retten;
Ach! selbst am Rande der Verzweifelung,
Bleibt ewig, bleibt ewig süß mir die Erinnerung!
 私はいったい何を話しているんだ?いや、この私を縛るものから
 自分を救うことの出来る決断もなければ力もない。
 ああ!絶望のふちにいてさえも
 永遠に、永遠に思い出は甘美なままだ!

Ha! holde Hoffnung, kehr' zu mir zurücke,
Reg' all mein Feuer auf mit einem Blicke,
Der Liebe Leiden seien noch so groß,
Wer liebt, wer liebt, fühlt ganz unglücklich nie sein Los!
 さあ!いとしい希望よ、私のもとに戻ってきておくれ、
 一瞥で私のすべての炎をかきたてておくれ、
 愛の苦悩がまだこれほど大きくても、
 愛する者は、愛する者は、自分の運命を決して不幸とは思わない。

Und du, die treue Lieb' mit Kränkung lohnet,
Fürcht' nicht die Brust, in der dein Bild noch wohnet,
Dich hassen könnte nie dies fühlend' Herz,
Vergessen, vergessen? eh' erliegt es seinem Schmerz.
 そしておまえ、誠実な愛に侮辱で報いるおまえ、
 おまえの姿がまだ住みついたままのこの胸を恐れないでくれ、
 この繊細な心はおまえを憎むことなど出来ないし、
 まして忘れる、忘れることなど出来ようか、むしろ心の苦痛に屈するほうがましだ。

詩:Stephan von Breuning (1774-1827)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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歌曲「恋する女性が別れを望んだとき、あるいはリューディアの不実における感情」はフランス語の詩をもとにしたシュテファン・フォン・ブロイニング(Stephan von Breuning: 1774-1827)のドイツ語の訳詩に1806年5月から1809年11月の間に作曲されました。オリジナルの詩はかつてはフレデリック・スリエ(Frédéric Soulié)の作とみなされていましたが、現在ではフランソワ・ブノワ・オフマン(François Benoît Hoffmann: 1760-1828)の詩"Je te perds, fugitive espérance"であることが判明しています。

ベートーヴェンの曲は4節からなる変形有節形式で、第4節でピアノ声部に大きな変化が聞かれ、歌声部も終結を意識した形になっています。不実を働かれたという内容にもかかわらずどこか能天気な音楽は失恋に耐性が付いている主人公を描いているのでしょうか。

第2節最終行の"die Erinnerung"の"die Er-"はそれぞれ十六分音符があてられていて非常に発音が難しそうです。前節の第4行より1音節多いので仕方ないのかもしれませんが。

4/4拍子
変ホ長調 (Es-dur)
Sehr bewegt (非常に活発に)

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), メルヴィン・タン(Fortepiano)
Anne Sofie von Otter(MS), Melvyn Tan(Fortepiano)

この恋人に裏切られた男の詩を、オッターはコケティッシュに歌い、あわよくば復縁できるかもと考える少年のようです。タンのフォルテピアノは感情豊かなオッターと素晴らしく一心同体になっていました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウの堂々たる歌唱はどこか冷静に事態を外側から見ているような印象です。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

「非常に活発な」というベートーヴェンの指示よりは落ち着いたゆったりしたテンポですが、さすがシュライアーは芝居っけたっぷりに演じてみせます。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライの歌からは酸いも甘いも嚙み分けた男性像が思い浮かびます。

●ロデリック・ウィリアムズ(BR), イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR), Iain Burnside(P)

ウィリアムズのゆっくりとしたテンポでの噛みしめるような歌唱から、強がってみせても悲哀が感じられる男性が感じられました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

Hyperion Records

「恋人が別れたいと思ったとき」——大作に挟まれた感情豊かな歌曲 (平野昭)

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ベートーヴェン「希望に寄せて(An die Hoffnung, Op. 32 / Op. 94)」(第1作/第2作)

An die Hoffnung, Op. 32 / Op. 94
 希望に寄せて

1:(Op.94:1節)
Ob ein Gott sei? Ob er einst erfülle,
Was die Sehnsucht weinend sich verspricht?
Ob, vor irgendeinem Weltgericht,
Sich dies rätselhafte Sein enthülle?
Hoffen soll der Mensch! Er frage nicht!
 神はいるのかどうか。神はいつかかなえるのか、
 憧れが泣きながら期待しているものを。
 最後の審判とかいうものの前に
 この謎めいた存在が正体をあらわすのか。
 人間は望むべきだ!問うなかれ!

2:(Op.32:1節 / Op.94:2節)
Die du so gern in heil'gen Nächten feierst
Und sanft und weich den Gram verschleierst,
Der eine zarte Seele quält,
O Hoffnung! Laß, durch dich empor gehoben,
Den Dulder ahnen, daß dort oben
Ein Engel seine Tränen zählt!
 あなたが喜んで聖夜に祝い、
 穏やかにやさしく
 繊細な魂を苦しめる悲嘆を隠すもの、
 おお、希望よ!あなたに高く持ち上げられ、
 耐え忍んでいる者に予感させておくれ、あの上方で
 天使が涙の数を数えていると!

3:(Op.32:2節 / Op.94:3節)
Wenn, längst verhallt, geliebte Stimmen schweigen;
Wenn unter ausgestorb'nen Zweigen
Verödet die Erinn'rung sitzt:
Dann nahe dich, wo dein Verlaßner trauert
Und, von der Mitternacht umschauert,
Sich auf versunk'ne Urnen stützt.
 とうに音は消え、愛する声が押し黙るとき、
 枯れて荒れ果てた枝の下で
 思い出が腰をおろすとき、
 近づくのだ、あなたに見捨てられた者が嘆き悲しみ、
 真夜中に身震いし、
 沈められた壺に身を預けている場所に。

4:(Op.32:3節 / Op.94:4節)
Und blickt er auf, das Schicksal anzuklagen,
Wenn scheidend über seinen Tagen
Die letzten Strahlen untergehn:
Dann laß' ihn um den Rand des Erdentraumes
Das Leuchten eines Wolkensaumes
Von einer nahen Sonne seh'n!
 そして彼は運命をとがめるべく仰ぎ見る、
 彼の日々に別れを告げながら
 最後の光が沈むときに。
 地上の夢のふちに
 近くの太陽から雲のふちに当たる光を
 彼に見せておくれ!

詩:Christoph August Tiedge (1752-1841), no title, appears in Urania, in Erster Gesang (Klagen des Zweiflers)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827),
An die Hoffnung, op. 32, stanzas 2-4
An die Hoffnung, op. 94, stanzas 1-4,2

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クリストフ・アウグスト・ティートゲの『ウラーニア(Urania)』という作品に登場する「希望に寄せて」という詩に、ベートーヴェンは2回時期をあけて作曲しました。下記参考文献のリンク先にある平野昭氏の文章によると、ベートーヴェンとティートゲは親交があったそうです。

1805年2月~3月作曲の「希望に寄せて」第1作は、上記の詩の2-4連(作曲当時のティートゲの版では上記の1連はありませんでした)に完全な有節形式で作曲され、作品番号32として1805年に出版されました。穏やかな曲調で聴き手を静かに慰撫しているように感じられます。ピアノは、歌がないところでは弧を描くような分散和音で美しく主張しますが、歌と一緒の箇所は控えめな伴奏の枠内におさまっています。

その10年後の1815年初頭作曲の第2作は、ティートゲの詩の改作を知ったベートーヴェンが、前作の冒頭の前にあらたに追加された連(行数が1行少ない5行からなり、これまでの弱強ではなく強弱のリズムになっています)を含めたすべてに通作形式で作曲し、最後に第2連を同じ音楽で繰り返します。作品番号94として1816年に出版されました。
第1連はレチタティーヴォ風に曲がつけられています。第1連最後の終わり方もレチタティーヴォ風ですが、ベートーヴェンは下記の譜例のように"Er frage nicht"を「ラファミド」と記譜しています。これはレチタティーヴォの慣例的には「ラファミレド」とレが加わるように思えます。ベートーヴェンが慣例でレを書かなくても演奏者に伝わると思ったのか、それともレを歌わないでほしいと思ったのかはベートーヴェンの記譜法を研究しないとはっきりと断言は出来ませんが、おそらくレは記譜の慣例で書かないだけで実際には加えて歌われることを想定していたのではないかという気がします。
様々な演奏家がどう扱っているかを調べてみたところ、F=ディースカウはクルスト、ムーア、デームス、ヘルすべての録音で「レ」を加えず表記された音のみで歌っていましたが、プライは一番最初のムーアとの録音では「レ」を加えず、後のホカンソンとの2種類では「レ」を加えていました。シュライアーもオルベルツ盤では「レ」を加えず、シフ盤では加えていました。パドモアやエインスリーなど古楽系の歌手は「レ」を加えているのは想定内でしたが、同じ古楽系でもヴェルナー・ギューラは「レ」を加えていませんでした。結局のところ正解はなく、演奏家の解釈によるということでしょう。

An-die-hoffnung-1←クリックすると拡大します。

第2連から頻繁に曲想が変わります。第2連は曲の最後に再度同じ音楽を繰り返しており、ベートーヴェン自身がこのテキストの中のハイライトとみなしたのではないでしょうか。「天使が涙の数を数えている」のクライマックスに向けて美しい旋律が聞かれます。
第3連では歌声部の途中に休符がさしはさまれていますがあたりの音が消えて聞こえにくくなっている様を表現しているように思います。
第4連ではピアノが最初の和音連打から分散和音に移っていきますが、分散和音もどんどん細かくなり、歌とともに高揚していきます。
曲の最後に"O Hoffnung(おお希望よ)"の詩句を繰り返して終わりますが、このHoffnungがソ→ミとなるように見せかけて、ソ→ドで終わるのが意表をつかれます。希望へ語りかけるというよりは、すでに希望を見出して心の平安を得た境地にいたったのかもしれません。
歌声部もピアノパートも演奏しにくそうな印象を受けますが、聞くたびに感銘を与えてくれる名作だと思います。

●第1作(Op. 32)
Poco adagio
3/4拍子
変ホ長調(Es-dur)

●第2作(Op. 94)
Poco sostenuto - Allegro - Larghetto - Adagio - Tempo I
2/2拍子 - 4/4拍子
変ロ短調(b-moll)→頻繁に転調する

●第1作(Op. 32)
マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

ゲルネの包み込むような深い声から、希望が常に見守っているかのような安心感を感じました。

●第1作(Op. 32)
ヴェルナー・ギューラ(T), クリストフ・ベルナー(Fortepiano)
Werner Güra(T), Christoph Berner(Fortepiano)

ギューラは福音史家のように情景を眼前に浮かばせてくれます。フォルテピアノの響きがなんとも味わい深いです。

●第1作(Op. 32)
イリス・フェアミリオン(MS), ペーター・シュタム(P)
Iris Vermillion(MS), Peter Stamm(P)

1997年5&10月録音。フェアミリオンの落ち着いた声がしっとりと包み込んでくれるかのようです。

●第2作(Op. 94)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Jörg Demus(P)

フィッシャー=ディースカウは自らが「希望」であるかのように隙のない堂々たる歌唱を聞かせていました。

●第2作(Op. 94)
ヘルマン・プライ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR) & Gerald Moore(P)

プライは熱量が増してきて泣きが入るところが人間味があっていいなぁと思いました。希望に対して若さゆえの情熱をもって語り掛けているようです。

●第2作(Op. 94)
ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

シュライアーが歌うと「希望」が宗教的な意味合いを強めているように感じられます。ゆったりめのテンポで民衆に説いて聞かせるような趣がありました。

●第2作(Op. 94)
マーク・パドモア(T), クリスティアン・ベザイデンハウト(Fortepiano)
Mark Padmore(T), Kristian Bezuidenhout(Fortepiano)

上述した譜例箇所で「レ」を歌っている例です。パドモアの清冽な歌唱もいいですね。

<参考>
The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn
Op. 32
Op. 94

「希望に寄せて」——ベートーヴェンの恋心が乗せられた歌曲(平野昭)

詩の改作を知ってベートーヴェンも再作曲! 希望に寄せて(第2作)(平野昭)

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ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル「白鳥の歌(Schwanenlied, Op. 1, No. 1)」を聴く

Schwanenlied, Op. 1, No. 1
 白鳥の歌

Es fällt ein Stern herunter
Aus seiner funkelnden Höh;
Das ist der Stern der Liebe,
Den ich dort fallen seh.
 ある星が落ちてくる、
 きらめいていた空から。
 それは愛の星で、
 あそこに落ちるのを私は見ている。

Es fallen vom Apfelbaume,
Der [weißen]1 Blätter [so]2 viel,
Es kommen die neckenden [Lüfte]3,
Und treiben damit ihr Spiel.
 白い葉を付けたりんごの樹から
 これほどたくさんの葉が落ちてくる。
 風はからかいながらやってきては
 葉をもてあそぶ。

Es singt der Schwan im [Weiher]4,
Und rudert auf und ab,
Und immer leiser singend,
Taucht er ins Flutengrab.
 白鳥は池で歌い
 上下に水をかく、
 そしてますます弱い声で歌いながら
 水中の墓に潜る。

Es ist so still und dunkel!
Verweht ist Blatt und Blüt',
Der Stern ist knisternd zerstoben,
Verklungen das Schwanenlied.
 あたりはとても静かで暗い!
 葉も花も吹き飛ばされてしまった。
 星は音を立てて飛び散り、
 白鳥の歌は鳴きやんだ。

詩:Heinrich Heine (1797-1856), no title, appears in Buch der Lieder, in Lyrisches Intermezzo, no. 59
曲:Fanny Mendelssohn-Hensel (1805-1847), "Schwanenlied", op. 1 (Sechs Lieder) no. 1 (1835-8?), published 1846

1 Backer-Grøndahl, Cui, Gernsheim, Pfitzner: "Blüten und"
2 omitted by Backer-Grøndahl
3 Gernsheim: "Winde"
4 Gernsheim: "Wasser"

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ドイツの文豪ハインリヒ・ハイネの詩は多くの作曲家の作曲意欲をかきたてました。有名なところではシューベルトの「白鳥の歌」後半、シューマンの「詩人の恋」「リーダークライス」などが挙げられます。
今回取り上げるのは、有名なフェーリクス・メンデルスゾーン=バルトルディ(1809-1847)の姉ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル(1805-1847)の作曲による歌曲「白鳥の歌(Schwanenlied)」Op. 1-1です。

詩はシューマンが歌曲集「詩人の恋」などを作曲したことでも知られるハイネの詩集『抒情的間奏曲』中の「歌の本」からとられています。

第1節で星が空から落ち、第2節で葉が風にもてあそばれながら落ち、第3節で水をかきながら白鳥が歌を歌うがますます小さな声になり、最後の第4節で暗闇の中、葉も星も消え、白鳥の歌はとうとう聞こえなくなったという内容です。第1節の落ちた星は「愛の星」とわざわざ書いていることから、主人公が愛を失ったことを暗示しているように思います。失恋して闇と静寂に包まれた心境を周囲の動植物の様を借りて表現しているように感じます。死の直前に美しく鳴くといわれる白鳥の歌が最後に歌いやんだというのは、主人公の心の中に死(のような絶望)が訪れたことを暗示しているのかもしれません。

ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルは、4連ある詩の2連分をつなげて歌の1節にした全2節からなる変形有節形式で作曲しました。お聴きになると分かると思いますが、メランコリックな極めて美しい曲で、私も一度で惹きつけられました。この哀愁、どことなく弟フェーリクスの曲を思い起こさせます。
興味深いのが詩の第3連の最終行、つまり歌の第2節の真ん中へん"Flutengrab(水中の墓)"の音価を第1連の該当箇所よりも伸ばしてピアノパートもさらに分散和音で引き延ばしている点です。多くの作曲家は、こういう場合音楽は同じにしてフェルマータを付けるという形にすると思いますが、ファニーはこの言葉を伸ばすように記譜の形で指示していることになります。「墓」ですから重みのある言葉であることは確かで、あるいは最終節に向けた演奏効果を考慮したのかもしれません。

歌はずっと短調のまま進みますが、各節のピアノ後奏は長調の響きで締めくくります。作曲家ファニーがこの絶望した主人公に救いを与えているのかもしれませんね。

この曲の抗いがたい旋律と和声の美しさゆえでしょうか、歌のパートを様々な楽器に置き換えて演奏されることも多いようです。動画サイトにもいくつか編曲されてアップされていましたので興味のある方は聞いてみてください。

6/8拍子
Andante
ト短調(G-dur)

●ハイネの詩の朗読(Cornelius Obonya (朗読))

短い詩行の中でドラマを感じさせる素晴らしい朗読でした。後半力が弱まっていく様が朗読で見事に描かれていたと思います。

●フランスィーヌ・ファン・デア・ヘイデン(S), ウルズラ・デュッチュラー(Fortepiano)
Francine van der Heijden(S), Ursula Dütschler(Fortepiano)

ファン・デア・ヘイデンの清楚な美声で曲の世界観にぐっと引き付けられます。フォルテピアノの響きも美しいです。

●イザベル・リピツ(S), バルバラ・ヘラー(P)
Isabel Lippitz(S), Barbara Heller(P)

リピツの少女のような声が繊細でこわれやすい世界を描き出していました。

●ドロテア・クラクストン(S), バベッテ・ドルン(P)
Dorothea Craxton(S), Babette Dorn(P)

クラクストンとドルンはゆっくりめのテンポでしっとりと聞かせてくれます。

●ベンヤミン・アップル(BR), ジェイムズ・ベイリュー(P)
Benjamin Appl(BR), James Baillieu(P)

男声で聴くとまた雰囲気が変わりますね。アップルは力強さ、前向きさが感じられるように思います。

●ローベルト・フランツによる歌曲「星が落ちてくる」
Robert Franz (1815-1892): "Es fällt ein Stern herunter", op. 44 (Sechs Gesänge für 1 Singstimme mit Pianoforte) no. 4
マルクス・ケーラー(BR), ホルスト・ゲーベル(P)
Markus Köhler(BR), Horst Göbel(P)

0:00~1:44。フランツはハイネの詩による歌曲を沢山作曲しています。フランツもファニー・ヘンゼル同様詩の2連をまとめて歌の1節にした変形有節形式で作曲しています。歌とピアノが緊密に寄り添った佳品だと思います。最後の詩行を繰り返して余韻を残して終わるところがいかにもフランツらしくていいなぁと思いました。

●フリードリヒ・ゲルンスハイムによる歌曲「星が落ちてくる」
Friedrich Gernsheim (1839-1916): 6 Lieder, Op. 14: No. 2, Es fällt ein Stern herunter
アナ・ガン(S), ナオコ・クリスト=カトウ(P)
Anna Gann(S), Naoko Christ-Kato(P)

ゲルンスハイムはブラームスより6歳年下の作曲家、ピアニスト、指揮者で、近年少しずつ録音されるようになってきたそうです。ゲルンスハイムの作品は変形有節形式で作曲されています。第3節で変化をつけて、最終節の終結感につなげているように感じました。穏やかで明るい響きがハイネの詩の闇をスルーしてしまっている感はありますが、心地よく聴きやすい作品です。

●ハンス・プフィッツナーによる歌曲「星が落ちてくる」
Hans Pfitzner (1869-1949), "Es fällt ein Stern herunter", op. 4 no. 3
ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

プフィッツナーによる作品は通作形式で、全体を一つのストーリーのように表現しています。ゆったりとしたテンポで各節の情景を静かに描いていきます。ピアノは第1節で星のきらめきを、第2節で風のたわむれを描き、そして第3節で高音部に白鳥の歌が聞こえ、最終節ですべての活動が静止した様をあらわしているように感じられます。甘さをもちながら全体的に抑えた響きで聞かせるプライの歌、各節を見事に表現し分けたエンゲルのピアノでお聞きください。

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(参考)

The LiederNet Archive

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エリー・アーメリング最近の情報(2021年9月):「岩の上の羊飼い」1986年5月ライヴ音源他

●シューベルト/岩の上の羊飼い D 965
Elly Ameling; Schubert - Der Hirt auf dem Felsen, Op. 129, D 965

エリー・アーメリング(S), カール・ライスター(Cl), ルドルフ・ヤンセン(P)
Elly Ameling - soprano
Karl Leister - clarinet
Rudolf Jansen - piano
Mai-festival Rellinger Kirche 1986
アーメリングが演奏活動の初期から後期まで変わらず取り上げていた「岩の上の羊飼い」のライヴ音源が公式チャンネルにアップされていました。Sandmanさんの「Elly Ameling Discography」に掲載されている録音と同一と思われます。私はこのCDは入手できていないので、こうしてYouTubeでアップしてもらえて感激です!アーメリングの声のコンディションも良く、美しく収録されていました。一番最後の締めのところで、彼女のこれまでのどの録音にも聞かれなかったほどテンポをあげてころころと声を転がせるように上昇していく歌いぶりに驚きました。ここは聴きどころのひとつですね。この曲で彼女は今回のカール・ライスターのように名だたるクラリネット奏者と共演しているのですね(シューベルティアーデではザビーネ・マイアーとも共演したそうです)。ピアノは彼女が長いこと共演してきたオランダ出身のルドルフ・ヤンセンです。

●1980年4月30日
1980 "30 April 1980" Kant A
Klankreportage van abdicatie van Koningin Juliana en de huldiging van Koningin Beatrix in de Nieuwe Kerk te Amsterdam.

1980年4月30日にオランダのベアトリクス女王の即位式がアムステルダム新教会で行われました。その際にモーツァルトの「戴冠ミサK.317」のソプラノ独唱でアーメリングが歌った音源がこちらのLP(Sandmanさんのサイト)の音源にほんのわずかだけ記録されています。17:38からアーメリングの歌声が少しだけ流れます。
エリー・アーメリング(S), スィルヴィア・シュリューター(A), ヘイン・メーンス(T), リウヴェ・フィッサー(BS), ハーグ自由高等学校少年合唱団, アムステルダム室内管弦楽団, シャルル・ドゥ・ヴォルフ(C)
Elly Ameling(S), Sylvia Schlüter(A), Hein Meens(T), Lieuwe Visser(BS), Jeugdkoor Van De Vrije Hoge School Te Den Haag, Amsterdams Kamerorkest, Charles de Wolff(C)

また、Sandmanさんに教えていただいたのですが、ベアトリクス女王の即位式をおさめた下の3時間以上にも及ぶ動画の50分19秒からアーメリングたちの歌う映像が流れ、上述のLP音源よりも少し長く見ることが出来ます。こういう映像はなかなか見れないので貴重ですね。

●アーメリングの最新のマスタークラス
Podium Witteman
Zo 29 aug 18:20 - Seizoen 10 Afl. 1 - Podium Witteman Masterclass
こちらに動画を貼りつけることが出来ないようですので、このリンク先からご覧ください。
Paul Witteman ontvangt Elly Ameling in de Singelkerk in Amsterdam, waar zij bariton Vincent Kusters, sopraan Noëlle Drost en mezzosopraan Lucie Horsch de finesses van de liedkunst zal bijbrengen. Alle drie zijn jong, maar zitten elk in een andere fase van hun zangersloopbaan. Met Elly Ameling werken ze aan liederen van Schubert, Schumann, Debussy en Fauré. De begeleiding is in handen van pianist Hans Eijsackers.
2021年8月29日に放送されたアーメリングのマスタークラスの映像で、約1時間ほどの番組でエネルギッシュに指導しています。ピアノはオランダの名手ハンス・エイサッカース(Hans Eijsackers)が全員担当しています。
受講者と曲は下記の通りです。

7分頃~
Lucie Horsch (mezzo soprano)
シューマン:献呈
Schumann: Widmung, Op. 25-1

25分頃~
Noëlle Drost (soprano)
ドビュッシー:マンドリン
Debussy: Mandoline

43分頃~
Vincent Kusters (baritone)
フォレ:夢のあとで
Fauré: Après un rêve, Op. 7-1
シューマン:献呈
Schumann: Widmung, Op. 25-1

バリトン歌手のみ2曲披露しています。
アーメリングは88歳にしてこのエネルギッシュな指導、ただただ頭が下がります。芸術歌曲に一生を捧げた人だからこその指導だったと思います。
画面右下の歯車マークからOndertitelingをクリックしてNederlandsをクリックするとオランダ語の字幕を表示できます(英語訳の字幕はないですが、なんとなく字面だけでも多少は判断の助けになるので表示しておくといいと思います)。

●モーツァルト: コンサート・アリア「私は行く、だがどこへ」K 583
Mozart: Concert Aria, K 583: Vado, ma dove? Oh Dei!

エリー・アーメリング(S), バイエルン放送交響楽団, ズデニェク・マーカル(C)
Elly Ameling(S), Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks, Zdeněk Mácal(C)
2021年にリリースされた「Wolfgang Amadé Mozart: Imperial Hall Concerts」という6枚組CDに1曲アーメリングの初出ライヴ音源が収録されていて、すでに動画サイトにもアップされていました。
録音日はCDの解説書に記載されている可能性がありますが未入手の為今のところ分かりません(1980年代でしょうか?)(→2021/9/21追記:Sandmanさんから、この演奏が1973年録音であることを教えていただきました。有難うございます)。
アーメリングは日本では歌曲や宗教曲のイメージが強いと思いますが、実際にはオペラアリアやコンサートアリアも沢山歌っていたんですよね。この歌唱、レガートがとても素晴らしいです。

今回の記事の多くは「Elly Ameling Discography」の運営をされているSandmanから情報提供いただいたものです。あらためてお礼申し上げます。

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ベートーヴェン「友情の幸せ (人生の幸せ) (Das Glück der Freundschaft (Lebensglück), Op. 88)」

Das Glück der Freundschaft (Lebensglück), Op. 88
 友情の幸せ (人生の幸せ)

1.
Der lebt ein Leben wonniglich,
Deß Herz ein Herz gewinnt;
Geteilte Lust verdoppelt sich,
Geteilter Gram zerrinnt.
 幸せに暮らすだろう、
 愛を射止める者は。
 喜びを分かち合えば倍になり、
 心痛を分かち合えば消えてしまう。

2.
Beblümte Wege wandelt ab,
Wem trauliches Geleit;
Den Arm die gold'ne Freundschaft gab
In dieser eh'rnen Zeit.
 花咲き乱れた道を変えるのは
 親しいお供に連れる者。
 黄金の友情が腕を差し出すのだ、
 この堅固な時に。

3.
Sie weckt die Kraft und spornt den Mut
Zu schönen Taten nur,
Und nährt in uns die heil'ge Glut
Für Wahrheit und Natur.
 友情は力を目覚めさせ勇気を鼓舞する、
 ただ素晴らしき行動へと。
 そして我々の内にはぐくむのだ、
 真理と自然のための神聖な炎を。

4.
Erreichet hat des Glückes Ziel,
[Wer eine Freundin fand, (Wer sich ein Mädchen fand,)]
Mit [der (dem)] der Liebe Zartgefühl
Ihn inniglich verband.
 幸せの目標に到達したのだ、
 女友達を見つけた者は。
 彼女と愛の気遣いによって
 密接に結び付くにいたったのだ。

5.
Entzückt von ihr, [ihr beigesellt, (mit ihr gesellt,)]
Verschönert sich die Bahn;
[Durch sie allein (In dir, durch sie)] blüht ihm die Welt
Und alles lacht ihn an.
 彼女に魅了され、彼女の仲間になり
 道はさらに美しくなる。
 彼女だけが彼にとって世の中を花咲かせることが出来、
 すべてが彼に笑いかけるようになる。

ドイツ語訳詩:Christoph August Tiedge (1752-1841) (原詩は作者不詳のイタリア語による"Beato quei che fido amor")
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827),

[ ]内の歌詞の括弧外は「初版(Wien: bey Joseph Eder, [1807])」や旧全集の歌詞。( )内はベートーヴェンが初版の間違いを修正して別の出版社から出版した際の歌詞(Leipzig: bei Hoffmeister & Kühnel, [1803])

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●イタリア語歌詞

Vita felice

1.
Beato quei che fido amor
Mai seppe meritar!
Ei solcherà senza timor
Di questa vita il mar.

2.
Dovunque lo conduca il ciel,
Gli ride dolce fior;
La gioja non là cuopre un vel,
Si scema ogni dolor.

3.
Ei sente l'alma divam par
Di generoso ardir;
Il vero ei puote sol amar,
Del bello sol gioir.

4.
Felice chi ad un fido sen
Può cheto riposar,
E negl' occhietti del suo ben
Contento si specchiar!

5.
Che in mezzo agli disa striancor
Quel sol gli riderà,
Ed a più bella calma oror
Tutto gli tornerà.

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作者不詳のイタリア語詩にクリストフ・アウグスト・ティートゲがドイツ語訳しました。
ベートーヴェンはイタリア語原詩、ドイツ語訳両方の歌詞に、1803年春か夏に作曲しました。藤本一子さんの解説によると、「1803年にヴィーンのレッシェンコール社とボンのジムロック社から《友情の幸せ》という題で出版。初版直後10月22日にベートーヴェンはリース宛に,出版社(レッシェンコール)が犯したひどい誤りを直して出版してほしいとして,正しい題と歌詞を書き送っている。そこでは題が《人生の幸せ》となっているほか歌詞も初版と6箇所が異なっている」(『ベートーヴェン事典』(1999年 初版 東京書籍))そうです。ドイツ語詩の歌詞の違いはそういうことだったのですね。

ベートーヴェンの曲は第5節まで歌った後、第1節を再度歌って終わります。
明朗なメロディーで一貫していて、メリスマを使用したりして、アリアのようです。

2/4拍子
Andante quasi allegretto
イ長調(A-dur)

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

ドイツ語。ベートーヴェンの歌詞訂正版(Hoffmeister & Kühnel)で歌っています。軽快に歌うところと力強く強調するところの歌いわけがいつもながら素晴らしいなぁと思いながら聞きました。

●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

ドイツ語。こちらもHoffmeister & Kühnel版で歌っています。フランス人ということもあってか色っぽい歌い方をしているように感じました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

イタリア語。F=ディースカウの言葉一言一言に鋭い切れ味を見せるところはイタリア語であろうとも変わりないですね。

●ルネ・ヤーコプス(CT), ジョス・ファン・インマーセール(Pianoforte)
René Jacobs(CT), Jos van Immerseel(Pianoforte)

イタリア語。まさかヤーコプスが歌曲聞き比べに登場するとは思いませんでした。古典派歌曲も歌っていたのですね。F=ディースカウとは全く対照的にカウンターテナーの柔らかい雰囲気で歌っています。

●パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

イタリア語。コバーンはメロディーラインの美しさを生かした歌い方をしているように感じました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

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ベートーヴェン「うずらの鳴き声(Der Wachtelschlag, WoO 129)」

Der Wachtelschlag, WoO 129
 うずらの鳴き声

[Ach! wie (Horch, wie)]1 schallt's dorten so lieblich hervor;
Fürchte Gott!
Fürchte Gott!
Ruft mir die Wachtel in's Ohr!
Sitzend im Grünen, von Halmen umhüllt,
Mahnt sie den Horcher [im Schattengefild (am Saatengefild)]2:
Liebe Gott!
Liebe Gott!
Er ist so [gütig, so (gütig und)]3 mild.
 ああ!(聞け、)あそこからなんと愛らしい鳴き声が響いてくることか。
 神を畏れよ!
 神を畏れよ!
 と、うずらが私の耳に向けて鳴いている。
 緑野に座り、わらに覆われて、
 日陰の野原(耕地)で、うずらは聞き耳を立てる者に向けて勧告するのだ、
 神を愛せ!
 神を愛せ!
 神はとても親切で穏やかだ、と。

Wieder bedeutet ihr hüpfender Schlag:
Lobe Gott!
Lobe Gott!
Der dich zu lohnen vermag.
Siehst du die herrlichen Früchte im Feld,
Nimm es zu Herzen, Bewohner der Welt!
Danke Gott!
Danke Gott!
Der dich ernährt und erhält.
 再びうずらのはずんだ鳴き声が意味しているのは、
 神を讃えよ!
 神を讃えよ!
 神はあなたに報いることができる、ということだ。
 畑に立派な果実が見えるならば
 心に受けとめなさい、この世の住民よ!
 神に感謝せよ!
 神に感謝せよ!
 神はあなたを養い、面倒をみてくださるのだ。

Schreckt dich im Wetter der Herr der Natur,
Bitte Gott!
Bitte Gott!
Ruft sie, er schonet die Flur.
Machen Gefahren der Krieger dir bang,
Traue Gott!
Traue Gott!
Sieh, er verziehet nicht lang!
 自然の主が悪天候であなたを驚かせるとき、
 神に祈れ!
 神に祈れ!
 と、うずらが鳴くと、神は野をいたわってくださる。
 戦士が不安なあなたを危険にさらすとき、
 神を信頼せよ!
 神を信頼せよ!
 見よ、神は長く待たせることはないのだ!

1 Beethoven (first print), and Schubert: "Ach, mir"; Sauter (1811 edition), and Beethoven (Breitkopf & Härtel): "Horch, wie"
2 Sauter (1811 edition), Beethoven (Breitkopf & Härtel), and Schubert (Alte Gesamtausgabe): "am Saatengefild"
3 Beethoven (Breitkopf & Härtel): "gütig und"

詩:Samuel Friedrich Sauter (1766-1846), "Der Wachtelschlag", written 1796, first published 1799
曲:Ludwig van Beethoven (1770 - 1827), "Der Wachtelschlag", WoO 129 (1803)

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詩は、学校の先生だったザムエル・フリードリヒ・ザウターによって1796年に書かれ、1799年に初版が出版されました。この詩はいくつかの異なる版があったようで、ベートーヴェンの作品も出版譜によって異なるテキストになっている箇所があります。上記のテキストで[ ]で囲まれている箇所が版による違いのある箇所です。( )内はベートーヴェンの死後に出版された旧全集に掲載されたもので、詩人の詩句の変更を反映しているのでこちらで歌われることが多いようですが、ベートーヴェン自身による変更ではないものと思われます。

うずらの鳴き声特有のリズムから詩人は「Fürchte Gott!(神を畏れよ!)」「Liebe Gott!(神を愛せ!)」「Lobe Gott!(神を讃えよ!)」「Danke Gott!(神に感謝せよ!)」「Bitte Gott!(神に祈れ!)」「Traue Gott!(神を信頼せよ!)」という3音節からなる神へのメッセージを聞き取り、それをうずらからの神への賛歌として詩にしました。

ベートーヴェンはこの詩に1803年4月上旬に作曲しました。この年の9月後半にベートーヴェンはライプツィヒのブライトコプフ&ヘルテル(Breitkopf & Härtel)に出版の打診の手紙を送りましたが、結局実現せず、翌1804年にWiener Kunst- und Industrie-Comptoir (Bureau des Arts et d'Industrie)から出版されました。

うずらの鳴き声を模したタッタタンという付点リズムが曲全体を通して歌にもピアノにもあらわれ、途中の嵐や戦士に言及される箇所なども描写的に表現されています。

1980年代にエディト・マティス&小林道夫のコンサートの録画がNHKで放送され、その時にこの曲がとりあげられていて、面白い曲だなぁと思った記憶があります。

2/4拍子
ヘ長調(F-dur)
Larghetto

ちなみに同じテキストにシューベルトも1822年に作曲しています(Der Wachtelschlag, D 742, Op. 68)。
シューベルトの詩の改変や第3節の行の削除(Tröstet mich wieder der Wachtelgesang:)がベートーヴェンと同じであることから、シューベルトはザウターの詩集ではなく、ベートーヴェンの作品を見て作曲したのかもしれません。

●うずらの鳴き声
Wachtelschlag - Balzruf der Europäischen Wachtel im Wildpark-MV

うずらの特徴的なタッタタンという鳴き声が聞けます。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T), Hubert Giesen(P)

1965年Salzburgライヴ。どこまでも甘美で力強く響くヴンダーリヒの美声と表現力の素晴らしさにただ聴きほれます!

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

シュライアーは物語を読み聞かせるようにめりはりのきいたディクションで聞き手を引きこんでくれます。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Jörg Demus(P)

楽譜が表示されるので見ながら聴くとF=ディースカウがいかに楽譜を尊重して演奏しているかが分かります。デームスも推進力のある演奏で良かったです。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

円熟期のプライはこの曲を甘美に優しく歌っており、嵐の描写の箇所でさえ劇的になり過ぎず、うずらの愛おしさを感じさせる歌唱でした。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), エトヴィン・フィッシャー(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Edwin Fischer(P)

1954年イタリアTorino放送録音。シュヴァルツコプフの気品のある歌声が神への賛歌にふさわしく感じられます。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

爽やかなエインスリーの美声は耳に心地よいです。バーンサイドの雄弁なピアノも良かったです。

●シューベルト作曲「うずらの鳴き声(Der Wachtelschlag, D 742, Op. 68)」
フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ルートヴィヒ・クッシェ(P)
Fritz Wunderlich(T), Ludwig Kusche(P)

1965年録画。シューベルトによる作品は、うずらのリズムはベートーヴェンと同じですが、変形有節形式で、第3節の嵐の箇所も短調にすることで嵐をほのめかす趣です。美声テノール、ヴンダーリヒの貴重な映像が見られるのが嬉しいです!

<参考>

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「うずらの鳴き声」——神への感謝、信仰を呼びかける

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«ベートーヴェン「懺悔の歌(Bußlied, Op. 48, No. 6)」(『ゲレルトの詩による6つの歌曲』より)